scarecrow/番外編〜逃げたプレゼント 03



杖の上に立ち、ガラスごと突き破って外へ出る。
高い空、抜けるような色に目を細めて一息吐けば。
慌ただしく起きたせいで体の反応が鈍く、今更ながらに寒さを実感して。
眉間に皺を刻んで自分の格好を眺めた。
起きたままの姿は外に出るには薄着過ぎてくしゃみを一つ。
考えてみれば熟睡しているところにこの騒動、そもそもが低血圧な土方は残る気怠さに脳内が痺れに眉を顰める。
自覚すれば眼前はぐらぐらと、仕方なしに杖に横がけに座り、こめかみを手のひらで数度叩いた。
無理に覚醒を促されると、どうしてこうも調子が悪くなるのか。
不機嫌に輪をかけた土方は八つ当たりの矛先も見つけられずに。
原因を思い遣れど、傍に来られても困るから当てもなく上空を旋回する。
腹が立つほどに穏やかな空、見上げて受ける光線は暖かいはずなのに風は冷たい。
幾度か連れて行かれた遥か高い空を思い返して、土方は何の気なしに高みを目指した。
杖先を太陽へ向けて、届くように高く高く。
ぐんぐんとスピードを上げ、近づくほどに光は強くなるのに寒さは酷くなって。
それでも取りつかれたように目指すことを止められない。
もう少し、後少しと際限もなく自分でも止められない行動が空恐ろしくなっても。
既に地表は遠く彼方に置き去りに、見えぬ力に無理矢理後押しされているような。
ブレーキを掛けようとしても出来るような気がせず、すっと血の気が下がった瞬間。


――――――バチッ!!


静電気に弾かれるような音が聞こえたと同時、全身に痺れが走って体が傾ぐ。
あ、の形に開いた口、何を考える余裕もなく落下していく体。
耳元で風の流れる音だけが続いて、離れていく太陽と雲を呆然と眺めて。
重力に引かれるままに投げ出された体が自由を取り戻したのは、数秒後のことだった。

(ヤベェ!!)

弾かれたままに落ちる体を反転させてうつ伏せになれば、僅か掛かる抵抗でスピードが弛む気がするがしかし。
下を見たことで自覚する高さと覚束なさに竦み、指先が震えだす。
心臓に冷たい血が流れ込み、全身が水に晒されたように。
このままではと落下する中で杖を呼び、両腕でぶら下がった。
突然の休止では腕が抜けてしまうと、少しずつかけるブレーキ。
掛かる負荷と軋む杖に腕、圧力に顔を歪めて耐える。
上手いこと折り合いを付けたところで体を前後に振り、反動をつけて杖に跨った。

「くそ、危なかったな。つーか何か上………結界か?」

心臓が嫌な風に脈打って、喉奥に脈があるような感覚にえずく。
落下した時の感覚が消えずに、手のひらに滲む汗が止まらない。
冷静さを装っても動揺は呼吸に現れて、掴んだ胸の辺り。
鼓動が拳に伝わるはずもないのに、心臓をぎゅっと握ったみたいだと思った。
乾いた唇を舌で潤せば、触れる外気に体温を奪われる。
ふと、自分がいたはずの上空に目を凝らしてみるのだが、何も見つからない。

「…あれは」

幾つもの不可思議な伝説と噂の残る学園を鑑みれば結界の一つや二つあってもおかしくないだろう。
けれど、土方が触れたあれは授業で習うような結界の類ではなく、別の何かだった。
言葉にするには難しく、けれどそれが何かが気になるのだけれど。
なす術もなく引き寄せられ、挙句に投げ出された瞬間が蘇り頬の内側へ歯を立てる。
今の自分ではあの結界の存在の真偽も何もかも確かめられないことが分かるだけに、無理矢理空から視線を外して杖先を学校へ向けた。

「とは言っても、迂闊な場所にいると面倒なやつらがいるしな。あぁでも、くそっ」

自分が寒空を漂う羽目になった経緯を改めて考え、益々厄日だと感じ入る。
寝込みを襲われ、景品にされ、何だかよく分からない結界のようなものに弾かれて、そしてこの寒さに晒されて。
ことごとくついていない一日の始まりに、気の短い土方はもう限界だ。
次に絡んできたやつは問答無用で返り討ちにしてやろうと心に決め、わざと人目に触れるところを旋回する。
隙あらば部屋に戻って服を着替え、そして朝食でもと思っていた矢先。

「土方君、君はそんな恰好で一体」
「ivis spiritus」

どうしたのかね、と紡ごうと窓から顔を出してきた伊東へ問答無用で呪文を唱えた。
杖先に冴え冴えと青い光が宿り、一層に輝きを増したところで雪の風が伊東の顔面を覆う。
身を乗り出した所だけ雪漬けになった伊東はそれ以上の言葉を続けることもできず、そのままばったりと後ろに倒れた。

「あー!! トシ見っけ!」
「げ。近藤さん!!」

下から響く声に促されて見下ろせば、中庭から土方を指さして騒ぐ近藤が見える。
やりにくい相手に見つかってしまったと、土方が渋い顔をしていると近藤が杖を構えて上空に光の球を打ち出した。
煙を引いて昇る球は土方よりも高く上がると割れ、四方八方へ七色の閃光を走らせて。
割れた光の欠片が土方の頭上を通り過ぎ、幾つかの名残が降ってくる。
仰向けた手のひらに落ちてきた欠片は赤色、透明なそれは触れるや否や形を変えて。
しゅるり、衣擦れの音がしたと思えば既に土方に巻きついて離れない。

――――――何だァ!?」

服の上を縦横無尽に滑る感触、目を白黒させて瞬いた眼に映るのは、手首の辺りに巻きつく真紅の生地だった。
違和感を感じて視線を走らせれば腰の辺りから上半身にかけて、不器用に布が巻かれている。
嫌な予感は恐らく、間違えようのないもので近藤を見下ろせば満面の笑みとかち合った。

「ラッピング、しゅ〜りょ〜う! トシ悪いな、俺はお妙さんのためにお前を捕まえたいと思います!!」
「お妙さんのためって、近藤さん!」
「だってこんな時でもないとお妙さんの着替え…うっほん、いやいやお妙さんの私生活覗けないじゃない」
「いや、ちょっ、それ言い換えてる意味ねェから! つーかあんたそれ覗きで犯罪だろうがァァァァ」
「俺も何て言うか、ただの男だから」
「ただのアホだ、アンタは!!」

無駄にキメ顔を使って言われても到底納得できるだけの理由ではなく。
むしろやっぱりかと落胆を隠せない土方は布をはがそうと試みるがしかし。
魔法が掛けられているらしく土方の指先は上滑りしてしまう。
自棄に自信満々な近藤は、こういうくだらない魔法に長けているのだ。

「それは外れないぞ、トシ。何せかなり練習した魔法だからな!! いつかお妙さんに俺をプレゼントする時のために頑張ったんだ。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったけどな」
「一生役に立たなくていいだろ、こんな魔法!!」
「人生に無駄はないから。やって損はないよ、うん。それにね、まだ改良が必要だよね。リボンの部分がもっとゴージャスになると良いなぁ。何かこう、バラみたいなやつ。お妙さんも喜ぶよね、うん喜ぶよ」
「オィィィ、喜ぶわけねェよ、それこそ無駄に他ならないだろうがァァァ!!」

土方の剥き出しの首で揺れる真紅の布の端、辿ればおざなりに結ばれたリボンに触れ、げぇ、と唸る。
想像するだけで気色悪い自分の姿に、喉奥でげぇ、と唸り端を引っ張るけれど。
動かぬ魔法の強さに辟易して近藤を睨んだ。

「アンタこんなことで俺を売るのか!」
「でも俺、覗き魔法…じゃなかった透視魔法欲しいんだもん」
「可愛くねェから。しかも覗きのためにこんなことするなんて軽蔑するぞ、マジで」
「分かってくれトシ、男には前に進まなきゃいけないこともある」
「それが覗きィィ?!」

理解できねェんだけど、と叫んだ土方につられて、そこかしこで「みっけ」の声が上がる。
土方と同じように空から庭からあちこちから集まる影を見遣り、馬鹿ばっかりだと吐き捨てて。
箒に跨り近づいてくる新八と、定春に乗った神楽が植え込みを突っ切り近藤の隣に連れ立った。
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ神楽は土方に向って朗らかに手を振っている。
いや、振り返すべきなのかと、瞬間悩むけれど明らかに状況に合わず、不自然に目を逸らした。

「あ、の土方さん」
「あァ?!」

控え目に声をかけてきた新八へ向き直れば、おずおずと手を挙げて発言の意志を表している。
草食動物並みの佇まいに仄か毒気を抜かれた土方は、無言で続きを促した。

「僕は透視魔法とかどうでもいいんですけど、一つお願いがあるんです」
「…………………………………」
「あっ、そ、そんな難しいことじゃなくて、別に銀さんへのプレゼントになれっていうわけじゃないし、その、そんなことしても銀さんきっと、いや喜ぶかな」
「………、…………………………………」
「そしたら土方さんが可哀想ですもんね、だから」

前置きも長く、どんどん本題から離れていきそうな新八を片手で制して凄む。

「あの馬鹿狐のことはどうでもいい、俺にどうしてくれってんだ?」
「あ、あぁすみません。一言で良いんで、言って欲しいなって」
「……何を」
「銀さんに、おめでとうって。それだけでいいんです」
「僕、さっき廊下で銀さん見つけて聞いちゃったんですけど」

切り出した話は銀時を置いて飛び去った後のこと、土方の顔を盛大に歪めるに相応しい内容だった。















−つづく−

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「ivis」…雪 「spiritus」…風

葦原 瑞穂