「このまま部屋に帰るのもな…、くそ。面倒くせぇ」
「え、え? 何が?」
「何がってテメェ全く覚えてねェのかよ」
あれだけうるさくしていたのにと、今更ながらの神経の図太さに驚かされる。
呆れを通り越して空しくなってきた土方は、隠すほどのものでないだろうと素直に今朝の出来事を明かした。
ついでに部屋を黒焦げにしたことをさらっと唇に乗せると、銀時は尻尾を膨らませて驚いている。
眠りを邪魔されただけでそこまでするかと言わんばかりの表情にわずか芽生えた罪悪感、土方は後ろ髪を弄りながら視線を外した。
「…………………………………」
「……マスター」
「…………………………、…」
「幾らなんでも丸焼きはし」
「うるせェ。寝惚けてたんだよ、仕方ねェだろうが」
「ちょっ、仕方ねェで片付けられるんだったらこれ、丸焼きってえええ、それ、ちょ、えええ…ないわー…」
「うっせェな!! テメェだって寝てる間に馬乗りになられてなんか良く分かんねェことになってみやがれ、抵抗するだろ? ものっそ抵抗するに決まってんだろうがァァァァ!!」
「うん、まぁ抵抗はするけど丸焼きにはしないよね」
あっさりきっぱり言い放った銀時は珍しくも正論で、口を噤むしかない土方はこれ以上ないほどに眉根を寄せている。
もう少しからかったら怒られることは明らかなのに、つつくのが止められないのは銀時の性格によるもので。
いじり甲斐あるマスターのせいだよね、なんて勝手な言い訳を胸の内で呟き、自分の有り様と部屋の惨状を嘆けば。
居た堪れなさそうに揺らいだ瞳、けれどしばらくして理不尽な怒りの色に染まっていくのが見えた。
あ、逆切れされると身を引けば案の定辛辣な一言が帰ってくるものだから、予想通りすぎて笑ってしまう。
「笑ってんじゃねェエエエ!! もうテメェマジで死ねば良かったのに! 部屋に侵入者があったら真っ先に気づくのがテメェじゃねェとおかしい…そうだ!! テメェ使い魔とか言っときながら全くの役立たずじゃねェかァァァ」
「えー、だって寝てたしィ」
「そ・こ・を!! 気づいて何かすんのがテメェの役目だろうがあァン!?」
「わぁマスター瞳孔開き切ってるー」
間延びした声音に一層苛立ちを煽られ、チンピラ極まりない顔つきに変わる土方をしげしげと眺めた。
「マスターって“様”づけで呼ばれてる割にものっそい顔するよね。うん、まァ瞳孔開いてても全然イケるけど。うん、銀さんこれでイケる。ごちそうさまです」
「…ンの話だァァァ!!」
「それにねェ、侵入者も知ってる相手だし殺気もないし起きる必要なくね?」
「あァ?」
「入ってきたの、沖田君と神楽とゴリとヅラでしょ?」
「…………………………………」
「だから別にいっかなーって。それに銀さん昨日あんま寝てなくて眠ィんだもん」
「…何で」
「え? そりゃ寝る前にマスターの顔見るでしょ? そんで完全に寝てることを確認してからちゅーしてみたり色々してみたり。うん、はい正直に言うとあちこち触ってみました」
「アホかコノヤロォォォ!! つか気持ち悪っ、おま、人が寝てる間に何してんだ!! ちょ、おま何したのか言え! 包み隠さず、っつーかやっぱいい、気持ち悪い!!」
「いやまぁ思春期の少年が夢見ることは大体したよ」
うんと頷きながら淀んだ眼に確信めいた光を宿す銀時に、全身鳥肌が立った土方が杖を構える。
殴るのか魔法を使うのか、はたまた飛び乗って逃げるのか。
けれど土方が取ったのはそのどれでもなく。
杖で廊下を叩いて鳴らすと、土方と銀時の周りを朧な膜が覆った。
「どしたの?」
「今そこにエリザベスが見えた。ったく、どうしてなんて俺が聞きてェんだよ」
「あぁ、結界かー。うん、でもこれうっすいから見えるんじゃね?」
「…苦手なんだよ防御と回復系は」
「んー、つかマスターがねェ苦手なのは分かるけど。見つかると思うよ」
「…………………………?」
「それにねぇ、追いかけられる理由もね…」
「知ってんのか!?」
「分かんないの? ヒントはねェ、マスターは俺のプレゼントです」
たっぷり一分ほど停止して後、自信満々に言い切る銀時を不審な眼差しで見遣る。
欠片も思い当たる節のない言葉に土方は気持ち悪そうに口元を歪めた。
無言で銀時を見ているだけの土方にまずいと思ったのだろう、銀時もまた訝しげな表情で今日何の日か分かる?と尋ねる。
視線をあちらこちらに彷徨わせて唸る土方は、このまま放っておくと間違いなく思考を放り出すから。
半ば本気で悲しくなりながら人差し指をつつき合わせる。
「………じょびでしょ」
「は?」
「だから今日誕生日でしょォォォ!!」
「誰の」
「銀さんの!! この話の流れでどこに他の人の誕生日挟む余地があんのか逆に教えて欲しいんですけどォ?!」
「へぇ…そんで?」
「うぉぉぉい!! そんでって何その冷たい感じ。ちょ、もっとマスターならおめでとうとか生まれてきてくれてありがとうとか、愛してるとかないわけ?」
「いや全く」
「わああ、しかも突っ込みもなんだか適当だよ銀さん泣くよ!? マスターがうっざくなって殴りたくなるくらい号泣しますけど何か?!」
「うっざー」
「あああ!!」
「そんでテメェの誕生日と俺の寝込みを襲うのと何の関係があんのか言え」
「…気持ち良いくらい話の流れ読まないネ、マスター」
片言になりながらコミュニケーション不全な主人を前に膝を抱えた銀時が続けた。
「いや、だからね。誕生日なの銀さん」
「…………………………………」
「そんでね、神楽とかがプレゼントくれるっつーから、じゃ銀さんマスターにリボン掛けてくれたら良いやって」
「言ったのか」
「そしたらすんごい冷たい目で男って馬鹿ネって言われて。なんか悔しくなったから」
「…………から?」
恐らく的中するであろう嫌な予感を抱えた土方が続きを待てば。
銀時はちらり、上目遣いに土方を見上げて小首を傾げる。
女性がすれば可愛らしい仕草なのかもしれないが、胡散臭い使い魔がこれまた胡散臭く首を傾げたところでおぞましい以外の何者でもない。
秀麗な顔を歪めている土方へ、銀時は濁った瞳を瞬かせると。
「マスターにリボン掛けて銀さんにプレゼントしてくれたら良いものあげるっていっちゃった」
「…………………………………」
「銀さん秘蔵の魔法でーす」
「…どんな」
「男の子なら誰でも欲しがる透視魔法、どこでも何でも覗けます!」
「……………あ」
「あ? マスターも欲しい? でも覗くのは銀さんの心だけだからね。他の人への余所見なんて許しませんよ、俺は」
「アホか――――――ッ!!」
想像以上に馬鹿馬鹿しく、その上傍迷惑な内容を聞かされてどうして怒られずにいられるのか。
思いきり銀時を杖で叩きのめして、唯一痛みを感じるらしい尻尾を渾身の力で踏みつける。
結界をものともせずに発せられた悲鳴も構わないで、がすがすと尻尾を踏み、近寄ってくるエリザベスに鋭い一瞥を投げかけた。
「このくだらねェ話に乗ってるやつらに伝えろ………俺ァ絶対ェ捕まらねェってな!!」
「マ、マスター何」
「テメェが全ての発端なんだよな? その腐りきった頭と顔を俺の前に見せてみろ、容赦しねェからな」
「よ、容赦って何、ちょ、マスター」
「テメェの存在そのものをこの世から消してやる!! 俺の全身全霊の魔法使って骨の欠片も残らねェようにしてやっからよォ」
覚悟しやがれと唇に弧を描いた土方は鬼気迫る表情で。
あ、これ本気かもしれないと冷や汗を流した銀時が曖昧な表情を象る。
宥めようと擡げた腕は、怒りのオーラに弾かれて届かずに。
ぱちんと音を立てて割れる結界から視界がクリアになると、土方は身軽に杖に飛び乗り銀時とエリザベスを交互に見遣った。
「俺ァ今日戻らねェからな」
ふん、と鼻息荒く飛び去って行く土方の背中に、朝帰り宣言ですがコノヤロー!! 銀さん許しませんからねェェェェと叫ぶ声が掛かる。
それこそ一笑に付して小さくなる背中、ほどなくして聞こえてくるガラスの割れる音に銀時は頭を抱えた。
「ちょ、もー…素直に言えば良かったかな」
おめでとうって言ってくれるだけで良いよって。
ぽつりと呟いた銀時の肩へ、エリザベスの手が置かれる。
まだプレゼントは有効?と書かれたプラカードに肩が落ちた。
エリザベスも普通の男、いや男?っつーか性別あんの?とか思いながら豊かな毛並みの尻尾を丸める。
「はいはい有効ですよ。どーせこうなったらとことんまで楽しませてくれってんだチクショー。リボン付きのマスターくれた奴にゃ透視魔法くれてやらァ!!」
自棄になって言う銀時にエリザベスは頷き、ぺたぺたと廊下を進んで。
まかせろと書いたプラカードを銀時へ掲げた。
胡乱な眼で眺めていたその刹那、服(?)の裾からすね毛の生えた足も露わに猛スピードで駆け抜けて行く。
何だか見てはならぬものを見てしまった気分になり、銀時は眉間に人差し指を当てた。
「見てない、銀さんは何も見てない…!! つーかアレ…おっさんの足じゃね? 中身どうなってんのあれ」
葦原 瑞穂