だから何で俺がこんなことォォォォ!!
もう嫌だ、絶対嫌だ………って何回言ったんだろ、俺。
ちょ、誰かァァァ、むしろ俺にあいつの生殺与奪権を下さい!!
――――――今すぐに使うんで。
その日、土方十四郎の朝は最悪な目覚めから始まった。
すっきり起床した記憶などここ最近で一度だってないけれど。
それもそのはず土方の平穏(とは言い難いかもしれないが)な生活は、押しかけ使い魔のせいで一変したのである。
勝手に飼育小屋から逃げてくるわ、追い出しても追い出しても一緒の寝床に潜り込んでくるわ、挙句に朝には御丁寧に土方を抱きこんで眠っているではないか。
しかも使い魔のくせに主人よりも寝汚く、酷い時には授業が始まっても起きない日がある。
堂々と遅刻してきては土方の膝の上でまた眠る銀時を縛って、屋外に逆さ吊りにするのが日課だ。
そうしてクラスメイトから笑われ、教師に小言を喰らうのが土方だけとは本当に割に合わない。
何故こんな目に遭わなければならないのかと力ずくで銀時を追いやっても、いつの間にか戻ってくるふてぶてしさ。
青筋を立てての実力行使、果ては嫌味を挙げ連ねても厚顔無恥な使い魔は、マスター大好き、と寝惚けた言葉を繰り返すだけ。
殴っても堪えない性質を疎ましく思いながら溜息を零すしかできない。
平穏な日々はどこだ、と青筋を浮かべても、クラスメイトには呆れが浮かぶだけで。
最近では誰も彼もこの使い魔に絆されたのか「もっと大事にしてやれよ」と諭される。
苛立ちも最高潮に絶対零度の眼差しを向ければ黙るのだけど。
どいつもこいつも何でアイツに甘いのかと込み上げる怒りを抑えつけながら土方は項垂れた。
風の冷たさに肌を粟立たせ、ぶるり、身震いする。
さすがに10月も半ばになってワイシャツ一枚はきつい。
両手で腕を擦るけれど、瞬間的な温かさは上回る風によって一層に冷えた。
そもそもが低体温な土方にしても肌寒く、盛大なくしゃみを出して辺りを見回す。
灯りは落ちて、禁忌の森の傍近くのここならば魔法を使っても大丈夫だろうか。
足許に散らばる枯れ木を魔法を使って集め、燃やし始める。
高く乾いた音を立てて燃える木が落ち着きを見せるまで眺めていると、夕焼けに浮き上がる炎の色に安堵して腰を降ろした。
ローブぐらいは持ってくればよかったか、いや、そんな暇なんてなかったと、僅かながらの余裕を持て余して思い返す。
まずはそう、目覚めのあの時から始まったのだ。
土方の朝は銀時を怒鳴ることから始まる、それは今日とて変わらないはずだったのに。
睡みの中、唐突に腹の上へ圧迫感を覚えて、土方は体を捻る。
寝がえりを打ったはずなのにピクリとも動かぬ体、とろとろした思考は瞬時に覚めて目を開いた。
「あ、起きたアル」
「ちっ、マズイ!! オイ抵抗される前に誰か睡眠魔法かけねェとマズイですぜ」
「近藤さん、使えないんですか?」
「うぇえっ!? ちょ、俺、あの桂君はどうかな!」
「無理だ」
「頼りにならねェ先輩たちでさァ。こうなったら」
「どうするんですか、沖田さん」
「「実力行使ネ(ですぜ)」」
「…………………………っ、…ら」
「ぶん殴って意識ごと沈めるヨ」
「記憶ごと飛ばしちまいなせェ」
「良し」
「テメェら朝っぱらから人の上でごちゃごちゃうっせぇんだよォォォォ!! 何だ、何がしてェんだ嫌がらせかゴルァ、上等だ全員分の喧嘩買ってやる、そこへ直れ。全員漏れなくぶっ殺してやる…!!」
額にこれでもかと言うほど青筋を浮かべ、目覚めたてとは思えない声量で言い切って。
瞳孔はすでに開いて不穏な気配を漂わせている。
身の危険を感じたのはさすが、つき合いの長い沖田。
神楽の首根っこ掴んで引っ張ると、一気に距離を取った。
新八がえ?と訝しがる間もなく、土方は枕元の杖で薙ぎ払い痛みを訴える前に呪文を重ねる。
刹那、杖先が紅く発光して炎の息吹が広がる室内。
「こりゃ大変だ、寝起きで理性が緩くなってらァ。チャイナ、ここは退散が吉だな」
「どうしてヨ、まだ、だって」
「丸焼きになりたいってんなら置いてくぜ。いつだかの山崎みたいになりたいってんなら話は別だが」
先日行った実習の時間を思い出したのか、しんなり眉を寄せた神楽が小さく首を傾げた。
新八がうっかり要素構成を間違えたらしく、雷気を発するはずだった杖先からは出来そこないの磁気の球、運悪く隣で実習に取り組んでいた山崎の頭へ直撃したのだ。
後は誰が予想してもその通り、立派なアフロの完成。
自分のアフロ姿を想像したのか、うぇ、と奇声を発した神楽が沖田へ向き直る。
「…一旦退却ネ」
「がってんでィ」
頷き合って拳を突き合わせると、我が身可愛い二人は部屋を飛び出していってしまった。
暑い室内で冷や汗を流すのは、逃げ遅れて強烈な一撃を喰らった面々。
あの、ちょっと、話を聞いてください、と一様に手を振って土方の完全なる意識覚醒を目指すがしかし。
「問答無用だ、神妙に死ね!!」
無情にも紡がれた言葉によって、全寮に悲痛な叫び声が木霊する。
焼け焦げた部屋に炭になった体が3つ。
不機嫌そうに鼻を鳴らした土方はボロボロの扉からさっさと立ち去り、残された3人は揃って「作戦失敗」と呻いて意識を手放した。
「ったく、何なんだアイツら。せっかく休みなのによ」
今年もまたやってくるハロウィン、準備に追われる教師のおかげで臨時休校となった今日は昼近くまで寝ようと思っていたのに。
唇を尖らせて乱暴に髪を掻き混ぜる。
起こされてしまったものは仕方ない、未だ寝足りない目を擦って伸びた。
欠伸を噛み殺して違和感に気づく。
傍にある存在感が足りない、いつもある鬱陶しいほどの姿が。
すぐに思い出してしまうことに面白くない気ちになりながら、視線を巡らせる。
「まさか…あいつもこの件に絡んでるんじゃねェだろ」
「マスタァァァァァァ!! 酷くね!? これ、ものっそ酷いでしょ俺が一体に何したってんだコノヤロー!!」
「うぁっ、な、なーッ?!」
天井から逆さに降って現れた銀時に驚愕の声を上げて。
動揺に早まる鼓動を押さえて腰を抜かさなかった自分を内心褒めた。
この際大声を出した失態はなかったことに決めて銀時を見ればどうもおかしい。
いつも方々跳ねている髪の毛は跳ねているというか何というか。
ちりちり焦げ付いているそれはまるで。
「あたま…おかしいぞ………?」
ぱちくり瞬いた土方に、銀時は片方の眉を器用に持ち上げる。
「おかしいって何、中身、外見、いっそ全部ゥゥゥ?! ちょ、もうおかしいのはマスターだから突然焼き殺そうとするなんてそれどんなドメスティック・バイオレーンス?!」
「…………は?」
「一緒に寝てたでしょ?! こうやって、人のことホッカイロ代わりにしながら寝てたでしょうがァ」
「…………………………………」
御丁寧に抱きしめる仕草をした銀時をキモイと切り捨ててじっと見つめた。
もっさりアフロ頭よりも、その背後で揺れる尻尾の方が気になる。
ぎゅ、と握ってしげしげと検分すれば。
「そりゃね、髪もちりっちりになれば尻尾も焦げ焦げですよ!!」
「お前の唯一の価値が皆無に…」
「俺の価値尻尾だけ!?」
「あ、そうだ。お前狐になれ。どんなか見たい」
「…どんだけー……」
ドSなのマスターそれ、俺の役目でしょ。
情けない顔を象った髪の毛に手を伸ばせば、焦げた部分がぱらりと崩れる。
このまま鷲掴んだらもしやハゲになるのでは、と指先を動かした土方の不穏な気配を察知して銀時が身を引いた。
くるり、宙で弧を描いてふわりと浮く。
「そこで治してやろうって気はないの」
「お前に回復魔法をかけるとロクなことになんねェだろ」
「えー、そんなことないでしょ。良いこといっぱいあるよ。まずはお礼のちゅ」
「骨まで焼き尽くして男子トイレに流すぞ」
「わぁ、せめて女子トイレに」
すんませんっしたァ、と声を上げて、文句を聞こえぬように連ねる銀時が、淀んだ瞳を輝かせて土方に笑いかけた。
咄嗟に嫌な予感を感じた土方が距離を取ろうとしたところに迫る眼前。
何をされるのか分かってしまうのが悔しい。
ちゅ、と間抜けな音を立てて離れた唇、刹那瞑った目を開けばいつもの姿の銀時がそこにいて。
「…………………………………」
「銀さん完全かいふく―」
「そ……………」
「そのまま死ねばよかったのにってのはなしね」
「…ちっ」
「えええ、ちょ、えええ!? どんだけ予想通りってかそれもまた悲しいでしょうがァァァァ」
マスター冷たい、と擦り寄ってくる銀時を両手で押し遣って、むっつりと頬を膨らませる。
それでも足を使って張り付いてくる銀時が邪魔で仕方なく、固めた拳。
痛みがないとは分かっていても取り敢えず殴って腕を組むと、盛大に舌打ちした。
葦原 瑞穂