scarecrow/8〜シークレット・シークレット 05



「風邪引く前にとっとと乾かせバカ」
「えー、風邪引いても治してあげるからこのままで良いじゃん」
「服濡れてんの気持ち悪ィんだよ」

顰め面で訴える土方にひとつ頷くと、銀時は漸く起き上がって手を伸ばした。
促されるままに手を差し出せば、強い力に引き起こされる。
肌に張り付く服の感触が殊更に不快で、裾を摘んで持ち上げる土方を生ぬるい風が包んだ。
中腰に構え、両手を突き出した銀時が「ハンドパワーです」と嘯くのを胡乱な視線で流し、風を強めるように指示する。
冷えた体が少しずつ温度を取り戻していくのが心地良い。
うっとりと目蓋を落としかけた土方へ、沖田が聞えよがしにやっぱり、と頷いてみせた。

「さっき近藤さんも言ってやしたが、本当に仲良くなったんですねェ」
「…………………………………」
「ちょっと前まで寄れば触れば死ねだの殺すだの物騒なこと言って、お前が死ね土方って思ってたんですけど、どういう心境の変化ですかィ?」
「テメェが一番物騒だろうが! 別に仲良くなんざ」
「そうだよ、総一郎くん。マスターは一日に十回くらいは死ねだの殺すだの言ってるよ。今日だって片手じゃ足りないくらい言われてるからね!」
「総悟です、旦那。それとも物騒なことは口先だけで、なんかあったとか」

大きな瞳が強い眼差しでもって、真っ向から窺ってくるものだから、土方は戸惑いを滲ませる。
土方と銀時の間に何が起きたかなど知るはずもないだろうが、勘の良い沖田のことだ、探りを入れられるとまずい。
それでなくとも、銀時は余計なことばかり口にする性分だから言ってしまうかもしれない、使い魔と魔法使いの範疇を超えて触れ合ってしまったことを。
あんなこと、友だち同士だってしない特殊なことだ。
細心の注意を払い、何かってなんだよと問い返した土方の声は、幸運なことに震えてはいなかった。

「それを聞いてるんでさァ。大体さっきの厠だってそう。ずいぶん時間食ってたじゃねーですか。大方二人でしけこんでたんだろうってチャイナと話してたんですぜ」
「トイレにしけ込むかァァァァ! アレは、あん時はその、コイツがでけー方するっつーから」
「ちょっ、勝手に濡れ衣着せんのやめてくんない?! 銀さんゴリさんちではしてないよ、まだ!」
「これからする気満々じゃねーか!! つうかしてただろ、してたよな、してたって言え」
「強制しちゃ意味ねーと思いやすぜ」

淡々と指摘する沖田は、土方の動揺を看破してほくそ笑む。
性質の悪い笑み、背筋を冷たいものが流れる感覚に身震いし、土方は強引に話を逸らそうとする。
伊東たちとの雪合戦の話を振ってみるが、沖田は乗ってこない。

「土方さァん、俺ァね。隠されると無理矢理でも暴きたくなるっつー性質の持ち主でしてね。もちろんアンタに関してもそうでさァ。隠してないで包み隠さず言え土方。アレだろ、旦那とやっちまったんだろ?」
「やってねェエエエ!! これ以上ドS開眼させなくて良いから取りあえず話を聞け。やってねェ、何もしてねェ、分かったな?」
「いやいや土方さん。アンタ自分が思ってるよりずっと流されやすいタイプですぜ? うっかりキスしてディープに添い寝まで済ませてるときたら、そろそろ次の段階に進んでもおかしくないころじゃないですか。ねェ旦那」

土方から視線を流した沖田が、両手から温風を発している銀時へ向かう。
銀時は不格好な体勢に疲れたのか、片足に重心を預けて怠惰に立つと、溜息を吐いた。

「そう思うでしょ? キスも添い寝も許してくれたんだから、それ以上させてくれても良いよねェ」
「と言いますと?」
「そりゃもちろんペッ」
「ぬァァァアアア!! テメェ今何言いかけやがったコノヤロー」

温風を真正面から受け止めながら銀時の口許を塞ごうと伸ばした手を、沖田に掴まれる。
逆光を背負って微笑んだ沖田が、黙っててくだせェと囁くのをどこか遠くで聞く。
間違いない、洗いざらい告げられてしまうと、絶望的な気持ちで唇を噛み締める土方へ銀時の指先が触れた。
あらわな前髪を整え、湿り気がないことを確認すると、満足そうに笑った。

「色々したいことはあんだけど、俺のマスターは初心だからねェ。段階踏まないと落ちてくれないみたいよ? だから夜神総一郎くーん、幼馴染だけが知ってる弱点とか教えてくんない?」
「沖田総悟です、つか覚える気ねーだろ。弱点ねェ、旦那はそんなもん握らなくても強引に事を進めるお人だと思ってやしたが」
「俺ってホラ、紳士だから。嫌がる顔はものすごい燃えるけど、嫌われるのはイヤなんだよね」
「なんでィ、ただの腰抜けじゃねーか」

進展がねーならつまらねェと土方の手をあっさり解放した沖田は、それ以上の興味を失ったのか、胸ポケットからアイマスクを取りだした。
人を食った柄のそれを目蓋の上までグイ、と下げ、近藤のベッドに我が物顔で横になる。

「旦那と土方さんが組んず解れつ、ねっとりまぐわう頃に起こしてくだせェ」
「一生あるかァ!! テメェそのまま死ぬまで寝てろボケ!」
「マスター」

青筋を立てる土方の肩を叩き、銀時は己の顎に手をかけた。
小首を傾げ、「俺なら今からでもオッケーだけど」と頬を染める銀時を無言で殴りつけて、土方はがっくりとその場に座り込んだ。
とうに土方から興味の失せた神楽と近藤は新しい食べ物に目を輝かせているし、新八は甲斐甲斐しく部屋の片付けに勤しんでいる。
転がる銀時の尻尾を引っ張って、わざと痛みを与える土方へ口先だけの非難が寄せられるから、腹立ちまぎれに頭を殴りつけた。

「お前が、迂闊な行動するからだろ! 俺たちがここにいるのバレたら」
「マスターは気にしすぎなんだよ」
「テメェが無頓着すぎんだよ、つーかそうか、テメェに一般常識なんてもんを求めたのが間違いだったな」
「ていうか忘れてない? 銀さん耳も尻尾もなくせるんだけど。転校生でっすって言っても通ると思うよ」
「…………………………………」
「他にも、罰ゲームで耳と尻尾生やされました、とか別クラスの友だちですとか言い訳限りなくあるんですけどォ」
「…その二枚舌には感心する」
「やだー照れちゃう」

くねっと身を捩る銀時に気力が萎えた土方は、沈痛な面持ちで額を抱えると溜息を零した。

「気色悪いんだよ…。それにお前、どうして総悟に嘘ついた」
「別に嘘ついたつもりはないけど」
「だって、今日」

あんな触れ方をしたくせに、続く言葉を飲み込み、口ごもる土方に視線を合わせて、銀時は寝そべる。
隣をぽんぽんと叩かれて隣に呼ばれるけれど、素直に近寄るわけにもいかず耳だけそちら近づけた。
吐息に襟足を擽られ、むず痒さに竦めた首、不自然に力の入った頬へ唇が当てられる。

「約束したでしょ」
「あ?」
「言わないって。だから秘密、俺とマスターだけの」

誰にも教えてやんないの。
至極嬉しそうに囁く銀時が、マスターも言わないでねと結ぶのに、返す言葉が見つからない。
秘密と銘打たれた事実が土方と銀時を近いものにして、近藤たちとの距離を広げる。
確かに他の誰にも言えないことだけれど、言えないとなると途端に後ろ暗い気持ちになって。
なかったことにしようにもできない関係が複雑な感情を呼び起こした。
近藤たちとは違う繋がりが、けして細くない糸で結ばれてしまったような、そんな。
銀時がいる限り、この秘密をずっと抱えていかなければならない将来を慮って、土方は既に疲労困憊だ。

「やっぱり、お前がいなけりゃ丸く収まるんじゃね?」
「マスターが諦めてくれりゃ丸く収まっちゃうんじゃね? つうか色んなもの収めてくれるんじゃね? 銀さんの息」
「下ネタ禁止だっつってんだろ!!」
「まァでも、ね。やっちゃったもんはやっちゃったから」
「何をやっちゃったアルか?」

酢昆布を噛み締めながら、ヒョイと屈み込む神楽が、銀時と土方の輪に混ざる。
仰け反る土方が体勢を崩し、無様に尻もちをつく横で銀時は飄々と首を掻きながら。

「んー、秘密」
「ズルイアル! 私も内緒話混ぜてヨ!! どうせ悪巧みしてんだろコノヤロー」
「ええーどうしよっかなァ」

寄越された視線に小さく首を振れば、心得たように尻尾を揺らした銀時が口の横に手を立てた。
ご丁寧に顰めた声で神楽を呼ぶと、秘密にできるかと問う。
大きく頷く神楽が、青い瞳を瞬かせて当たり前ヨと声を上ずらせた。
興味を隠そうともせず、そわそわ体を揺らしながら返答を待つのに、銀時は明日なと継いで言うには。

「明日の雪合戦オメーが切り込み隊長だから。思う存分暴れてくれたまえ、神楽坂くん」
「マジでか! 私が隊長か」
「声がでけェよ!!」
「いや、お前の声の方がでけーよ」
「沖田くん差し置いて隊長なんだから、明日は頑張ってやっちゃってください」
「ラジャー!! やってやるヨ、みんなボッコボコにしてやるヨ、ホァァァァ!!」

キャッホーと飛び上がる神楽は、明日に備えてもう寝ると立ち上がった。
羨む新八と近藤、そして桂に胸を張る神楽は、やる気を漲らせて次の日に思いを馳せている。
楽しそうな神楽に、承諾の返事を送らねばと漠然と考え、土方ものろのろと立ち上がる。
得心した銀時は土方の肩に圧し掛かると、あんなもんでどうでしょと。

「嘘ばっかりで信用ならねーな」
「本当にすれば嘘にならないもん。それに、俺ァマスターに嘘つかないから。明日は神楽と沖田くんに頑張ってもらおうね」
「テメェも頑張れ」
「そりゃ、マスターのご命令とあれば」
「やっぱいい、余計なことをするんじゃねェぞ」
「まぁまぁそんなこと言わないで、銀さん役に立っちゃうから」

へらりと笑った銀時が、立てた小指を土方の眼前に持ち上げて、指切りを迫る。
怪訝に眉を寄せる土方の手を取って強引に絡めると、子供がするように勢いをつけて上下に振った。

「ゆびきりげんまん、嘘ついたらじゃなくて秘密守らなかったら」
「守らなかったら?」
「どうしよっか」

マスターに針千本飲ませられないし、と迷う銀時につられて土方も考える。
もしも秘密が守れなくなったら、その時は土方の立ち位置はどう変わって行くのだろう。
銀時を手放すのか、近藤たちに顔向けできなくなって疎まれる、そのいずれもイメージが沸かなくて、すっかり信じ切っている自分に気付いた。















−つづく−

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葦原 瑞穂