同じ時間を過ごしてきた近藤たちを疑わないように、銀時が傍にいることもまた信じている。
どうせ嫌がっても付いてくるんだろと高を括る自分がいるから、始末に終えない。
二人の間に起きたことを知っても、近藤たちは土方を疎むことはないだろう。
嫌悪感を抱かれるにせよ、切り捨てられないだけの情がある。
銀時はおそらく、土方がどうしようとも煙に巻いて隣に収まるはずだ。
とするなら、残るは秘密だけ。
てらいのない関係に置いてけぼりになった秘密が、この先土方の何を変えるのかもわからないが、とりあえず今は。
このままでいるしかないのかと、意味深に唇を歪める銀時を見やりながら諦める。
いいように流されているからもはや無駄か、抵抗する気さえ失われた土方はそれでも、悔し紛れに絡めた指へ力を込めると。
「テメェが俺の分まで針を飲め」
「マジでか! 二千本かー、二千本のポッキーじゃダメ?」
「それ何の罰になるんだよ。ハイ指と縁切ったァ」
「切られたァ!! ちょっ、指はともかく縁は結び直してくださいお願いします!!」
「断る」
「ちょっ、えええ、どうすんのコレ。え、待てよ? 縁切られたって考えると、やっぱりそうじゃん、マスターと俺結ばれてたんじゃん、ラッキー。つか当然? よし、結び直すの頑張るぞー」
「どんだけポジティブ?! 一度切れたもんが直せるかァァ」
「出来ねーの? 分かった、じゃあ針千本飲むから! いや、二千本飲むからって…やっぱり二千本は無理。違うやつ考えるからァァァ」
断るっつってんだろと突っ込む土方に、銀時は耳を垂らした。
しおらしく、針二千本に代わる処遇を考える銀時の指から小指を取り戻して、小さく笑う。
好きなだけ振り回してるんだから少しは悩め、胸の内で吐き捨てると、杖を呼んで窓へ向けて一振り。
浅葱色の閃光がガラスをすり抜けて夜空に放たれていく。
目を細めて見送る銀時が、手紙、と問う。
相変わらず見えるものが違うらしい銀時は、土方が放った魔法を見破ったらしい。
「ケチャラーの方? なんだ、お返しに鍵魔法かけてやりゃよかったのに。そりゃもうマスターの性格にかけて陰険なヤツ」
「誰が陰険だ!! 解きにくい魔法掛けたって明日やるなら用件だけ伝わる方が面倒ねェだろ」
「ふーん、まァそういうの苦手だもんね。素直で可愛いからマスターは」
「…………………………………」
「あれ、ときめいた?」
「鳥肌立った」
口説き文句が気持ち悪いと続けようとして、口説かれてんのかと思い至る。
それこそ気色悪いと、身震いしたついでに考えを打ち捨てると、肩に圧し掛かる銀時を杖で小突いた。
一層しがみついてくる体を鬱陶しげに押し遣りながら、先ほど唱えた魔法と同じ魔法を呟く。
今度は伊東の元へ飛んで行った魔法、どちらも程なくして返事が返ってくるだろう。
あの粘着質な二人のことだ、寝て待たずとも返事がもたらされるに違いない。
銀時を一人掛けのソファへ突き飛ばし、その隣へ腰を下ろした。
つられるように近藤と桂もソファの元へとやってきて、4人でテーブルを囲む形となる。
ちらりと視線を流した先には、神楽と沖田、そして新八が男女の別に構わず雑魚寝していた。
神楽の足に踏まれ、腹を沖田の枕にされた新八はうんうんと唸っている。
助けてやるべきか迷うものの、寝相が悪い神楽と沖田のことだ、離しても同じだろうと放っておく。
横着にも魔法で食べ物を呼び寄せた近藤が、にまりと笑った。
「これからは大人の時間だな! っつーことでコレだ」
こっそりとカーテンの裏側から引っ張り出したボトル、見慣れないラベルにはウイスキーと書かれている。
親父殿の部屋からくすねてきたと、悪戯に成功した子供の顔で言う近藤が、封を切る。
4つのグラスに並々注いで、さァどうぞと勧めるのに、それぞれが顔を見合わせた。
初めての酒だということを知られたくなくて、つい窺いの目で近藤を見遣れば、近藤は既に嚥下し始めている。
風呂上がりの牛乳を飲むみたいに、ごくごく飲み下していた近藤がぴたりと止まり、そして綺麗な噴水を披露した。
「うわっ、きったねェェェ!!」
「虹だ、虹が見えるぞ近藤」
「大丈夫か近藤さん!!」
三者三様の反応を示す中、だらだらと口の端から酒を零しながら近藤が弱弱しく親指を立てる。
「…な!」
「何がな!だ、アホかァァァ」
「テメェも初めて酒飲むんじゃねェか!」
「良い顔してるところが腹立つわァァァ」
よってたかって近藤を責め、残る3つのコップの処遇に頭を悩ませた。
今更ボトルに戻すわけにもいかず、近藤の姿を見てしまえば飲むのも躊躇われる。
しかし、土方たちの逡巡を余所に銀時がウイスキーのボトルを取り上げて振った。
「何だっけコレ、ババアがこんなん飲んでたような気がすんだけど。確か氷入れてたな」
こんな感じ、と空いたグラスに残るグラスのウイスキーを等分する。
魔法を使って出した氷とを大雑把に掻き混ぜ、味見と称して銀時が口をつけた。
まぁこんなもんじゃねと、曖昧な感想を述べる銀時に促され、土方もまた飲み下す。
喉を焼くばかりでちっとも美味いとも思えなかったけれど、子供扱いされたくなくて無表情を貫いた。
一気に飲むものではなく、ちびりちびる飲むものらしいと検討をつけ、適度に食べ物を摘みながら酒を呷る。
大人のまねごとをして、背伸びした空気を楽しむ土方たちの会話は自然と学園や恋の話に落ち着いた。
お妙への恋情を滔々と語る近藤は既に酔っているのか、顔を真っ赤にしてここが可愛い、あそこが素敵だ、というかどこも理想だと近藤が思いつく限りの美辞麗句を連ねている。
そこまで他人へ思い入れを持たない土方は、桂に視線を流した。
「解せねェ。恋っつーもんはそんな良いもんなのか?」
「どうだろうな。しかし、近藤を見る限り幸せで痛いものだと思うがなァ」
「近藤さんの場合痛いだけじゃねェか?」
「痛いのが嬉しいんじゃね?」
口を挟む銀時に乗せられ好き勝手憶測を飛ばす土方と桂を交互に見遣って、近藤が「恋はいいぞォ」と吠える。
胸の痛みがどうの、ときめきがどうのと厳つい風体に相反して夢見がちな感想を述べる近藤に、桂が頷いた。
「羨ましいが俺には難しい。まずは魔法界の夜明けを目指す身だ、色恋沙汰にかまけている暇はないからな」
「なんだよ、魔法界の夜明けって」
「つうかヅラはアレだから。人妻が好きだから。近くにいないから仕方なく言ってんだって」
「ヅラじゃない桂だ! 銀時、お前は人妻の魅力を分かってくれるのか」
「まァ人妻っつーかバツイチくらいが燃えるけどね、結野アナみたいな。でもやっぱり一番は黒髪瞳孔開いた乱暴で迂闊な土方くんが一番です」
「それ好みじゃねェよ! 特定してんじゃねーか」
「人妻と言うのはやはり背徳的な魅力がって…って聞いているのか銀時。そういえば何故俺が人妻好きなことを知っているのだ」
「オメーは昔っからそうだからだよ。髪型から何から堅っ苦しくてめんどくせー」
「何を?! 貴様が俺の何を知っているのだ」
「そういうトシこそあんま好みとか言わないじゃん。モテるの知ってるんだぞー、いいなぁ女子に嫌われてなくて」
酒のせいで回らぬ舌、噛みそうになりながら言葉を探す土方に近藤が絡んだ。
別に俺はとかわそうとするが、今度は桂が銀時を打ち捨てて身を乗り出す。
ずるいぞ好みを教えろ、そう迫る二人の目は完全に据わり、ついでに銀時のように濁っているではないか。
酔っ払いに絡まれる面倒くささに身を引くけれど、許されずに酒臭い顔を近づけて催促される。
好みと言われても土方が今一番心を砕いているのは近藤たちと魔法に関してだけで、色恋沙汰はそれこそ二の次三の次だ。
淡い初恋らしきものを済ませてからは甘酸っぱい気持ちから遠ざかって久しい。
分からねェよと素直に答える土方を可哀想なものでも見るようにして、近藤と桂に肩を叩かれる。
「そうか、分かった。まだ初恋も済ませてないチェリーボーイなんだな土方よ」
「テメェもチェリーだろうがコノヤロー。本当にヅラにしてやんぞコラ」
「こうなったらチェリー同盟で行こうじゃないかトシ! チェリー大作戦だ。卒業までに俺はお妙さんと結婚する」
「いや、学生は結婚出来ねーから」
「ならば俺は卒業までに人妻と付き合うぞ」
「日本の夜明けはどうした」
ひとり冷静な土方を残して桂と近藤は肩を叩き合い、固い握手を交わして。
契りの盃だとグラスを呷る二人は残る酒を空にしてしまう。
「約束だぞトシ、好きな人出来たら教えること!」
「キスも初体験もだぞ土方」
「「誰が一番先に童貞を捨てるか勝負だ」」
「なんでだよ!!」
「俺がお妙さんと結ばれるのが先か」
「俺が欲望を持て余す人妻と結ばれるのが先か」
勝負だ、そう声を重ねて笑う二人は顔を真っ赤にしてそれから、ソファに倒れ込んだ。
「近藤さん、桂!!」
下らない約束を勝手に取り付けて寝入る近藤は豪快にいびきをかき、桂は白目を剥いて「ぬーぬー」唸っている。
助け起こそうと伸ばした手を引っ込め、土方は杖を振るった。
上掛けを頭からかぶせ、いびきと唸り声を封じ込めると、やけに静かな銀時を窺い見る。
手のひらに二つの魔法を遊ばせて手酌で飲む銀時は、土方の視線を受けて返事来たよと応えた。
「明日昼にだって」
「そうか」
「マスターってお酒強いの? 全然酔ってない?」
鼻を引くつかせる銀時が、酒の匂いがすると呟く。
肘かけに体重をかけ、顔を寄せられると自然に目蓋が閉じた。
押し当てられた唇、侵入してきた舌に舌を絡めて吸われれば、唾液が滲んで啜られる。
歯列を辿り、口蓋を舐め回されると響く淫猥な水音に頭の奥が蕩けた。
耳が焼き切れそうに熱くて、心臓が煩い。
銀時の舌に翻弄され、鼻にかかった吐息を零せば一際強く嬲られる。
糸を引いて離れていく唇がぬらぬらと光り、あまりのいやらしさに体温が跳ねあがった。
「教えるの?」
「あ?」
「キスしたら教えることってヅラとゴリラが」
「…んなもん何回も見られてるじゃねーか」
今更、と続ける唇を親指に拭われる。
「それもそっか。んじゃ、初体験か」
「テメェとはしねーぞ」
「ヘイヘイ。でも今日のはさ、キス以上だけど初体験未満だよね。それは?」
尋ねる銀時は知っているのだろう、土方が言えないことを。
そもそも勝手に取り付けられたのだから守らなくてもかまわないが、土方には約束として刻まれてしまっている。
約束と隠しごとの間で揺らぐ土方は、恨みがましく銀時を睨みつけた。
頬を擽る銀時の指先が、引き結んだ唇の上で止まる。
「やっぱりさ、これも秘密だよね」
「…………………………………」
「だって魔力の交換してないもん」
ただのキスでしょ、と囁く声の甘さにくらくらする。
どこからがキスで手段なのか分からなくなって、まとまらない思考のもどかしさに銀時の襟を掴んで引き寄せた。
唇を合わせる直前に「酔っ払ってるから無効にしとけ」と張った予防線、強引な論理を自覚する。
聡い銀時は、土方の破綻した逃げ道を受け入れた。
酒の味のするキスをおかしいと思いながらも止められない。
全てを酔いのせいにして思う存分貪った挙句、気が済んだ頃に二人して空いたベッドに転がる。
「明日忙しくなるから寝よっか」
銀時の指に辿られる唇が答えを紡ぐのを待たず、いそいそと体を横たえる銀時の腕に抱かれ、あぁまたひとつ秘密が増えた、と酩酊した頭で考えられたのはそこまでだった。
葦原 瑞穂