scarecrow/8〜シークレット・シークレット 04



「もーホントひどくね? まさか置いてかれるとはなー、やられちゃったなコレ、やられちゃったなー」

片手に大皿、もう片手にケーキを直に持った銀時が重たそうな目蓋を開く。
頬袋いっぱいに詰め込んだものを咀嚼して飲み下すと、哀愁を漂わせて俯いた。

「ここ広いから迷っちゃってさ、そしたら何、妖精さん? 妖精みたいなゴリラさん? ゴリラさんっつーかゴリラそっくりさんに会って恵んで貰っちゃった、ラッキー。じゃなくて、マスターに置いて行かれちゃったから銀さん迷ってやっと辿り着いたよ」

心細かった、言いながら鼻を鳴らす銀時の口許に食べ残し、その上大皿にあるケーキは半分以下になってしまっている。
間違いなく摘み食いした上におそらく、このケーキも近藤の家を物色して探し当てたのだろう。
さもなくば、銀時の言葉を最大限に読み取ると近藤の親にも会ったことになる。
お忍びで来ていると言ったはずなのにこの体たらくだ、絆された自分を今更ながらに呪い、土方は無言のままに杖を構えた。
慌てる近藤を視線で押し留め、深く腰を落として床を蹴る。
詠唱する間ももどかしく、振りかぶった杖で思い切り銀時の頭を殴打した。
ケーキに顔を埋める銀時の横面を左右から続けて打ち据え、悲鳴を上げる隙も与えずに連撃を加える。
騒がしかった室内には土方が銀時に暴行を加える音しか残らない。
ひっきりになしに鈍い音が続き、開きがちな瞳孔を更に剣呑なものにして、土方は銀時の体を突き上げた。
杖先の鋭い方で急所を狙う周到さで持って繰り出された攻撃に、銀時の体が二つに折れ曲がる。
綺麗な弧を描いて空中に舞った銀時の尻尾を掴んで、ジャイアントスイングの要領で振り回した。
絹を裂くような悲鳴ごと窓に投げ離したところで、土方は綺麗に笑った。

「ごめんな近藤さん、今直すから」

杖を一振り、割れた窓ガラスを修復すると、肩で息をしながら部屋の片づけを始める。
妙に手際の良い土方にうすら寒いものを感じた近藤が、声をかけようか迷っている。
沖田はおや、と目を瞠ったのも一瞬のこと、すぐに呆れ顔で土方の肩を叩いた。

「土方さん、ダメじゃねーですか。ペットのしつけはちゃんとしないと」
「知るか!! あのヤローここんとこマシになってきたかと思ったらコレだ。総悟、アイツ抹殺するにはどうしたらいいと思う?」
「…へぇ、へぇええ、なるほどね」

顎に手を掛け、首を傾げる沖田が、土方の顔を見上げて意味深に頷く。
癇に障る態度を問い詰めてやりたくても、沖田がこの顔をするときはロクでもないことを考えついた時だ。
下手につつけば計り知れないダメージを負うと身に染みて知っている土方は、唇を曲げて視線を引き剥がした。
沖田の頭を手のひらで押し遣って、近藤に謝る。

「悪ィ、近藤さん迷惑かけちまって。今日は解散した方が良いよな」
「え? なんで?」
「なんでも何も…、俺たちがここにいることバレたらまずいだろ? みんな黙って出てきてんのに」
「私ちゃんとパピーに言ってきたアル」
「僕も姉上には言ってきたので大丈夫ですよ。毎年のことですし」
「…………………………………」

挙手して告げる神楽と新八に、土方は言葉を失う。
気を取り直して、夜で歩いていることで近藤のみならずその両親までも責任が及ぶからと説明すれば、それでも理解しかねるらしく、近藤は考え迷っているようだった。
同じく神楽も眉間に皺を刻んで頭を抱えているだけに、土方の言うことが分かっていないのだろう。
再度分かりやすく、近藤の家に迷惑がかかることを教える土方に、二つ分の納得できない顔が並んだ。

「ゴリラのパピーとマミーそんなケツの穴ちっちゃくないネ! 私今日は帰りたくないアル」
「一昔前のドラマの台詞引っ張ってくるんじゃねェ! つか、女がケツの穴ってお前、慎めよ」
「酷いわ、私そんな尻軽女じゃないネ、慎みまくってるアル」
「マジでか、どんだけ慎んでるか見せてみろチャイナコノヤロー」

土方の手を避けて口を挟んでくる沖田をよそに、近藤は人差し指を突き合わせて困るよと。

「だって俺今日みんなが来るって言うから昼間怖い話見ちゃったのに! 頼むからトシだけでも帰らないで、夜トイレ一緒に行ってくれよォォォ」
「仕方ないネ、私が残ってやるヨ。ちゃんと手ェ洗うなら手つないでトイレ行ってやるネ」
「ありがとうございます!! 石鹸使うんでドアの前までお願いできますか!?」
「ということでトシちゃん、大丈夫アル」
「何が大丈夫だァアア、解決してねーんだよ、全っ然何一つこれっぽっちも片付いてねーんだよ、テメェらのとっちらかった頭をまずさっぱり整理してやろうか…!」

イライラと髪を掻き混ぜた土方は、堪え切れぬ感情を払拭するために舌打ちを零した。

「…なら俺だけ帰れば問題ねェな」
「トシ! 大丈夫だって。親父とお袋はあれ、あの、晩さん会的なものに出る予定だから帰ってくるの遅いしさ」
「でもよ、うちは俺だけが悪くてもそれで納得する親じゃねェしな。近藤さんちにも文句つけるかもしれねー」
「待ってくだせェ土方さん。アンタが近藤さんちにいるてバレたわけじゃねーでしょう?」
「はァ? 腐れ狐が会ったっつってんだろ? どう考えたってバレてんじゃねェか」
「全く底が浅ェお人だ。旦那がアンタの使い魔だって知れたわけじゃねーんですかィ?っつってんですよ」
「そうだぞ、トシ。俺たちは帰省中使い魔預けなきゃいけないわけだし。ひょっとしたら使い魔だってこともバレてないかもしれん」
「いや、それは分かるだろ。どこに頭から耳生やして尻尾揺らしてる魔法使いがいんだよ」
「日常的にコスプレしてんだよ。ホラ、さっちゃんとか制服着ないでくのいち衣装着てんじゃん。寒いのにくのいちで頑張ってるじゃん。お妙さんも着てくれないかなあ」
「着ねーよ」

死体状態からむくりと起き上がった新八が、ずれた眼鏡を直しながら言い切る。
姉上はそんな破廉恥な格好しません、ときっぱり否定し、土方の元に歩み寄った。

「土方さんの心配はもっともですよね。だったら会場変えます? うちも父上が出払っているので大丈夫ですよ」
「いや、しかし」
「それがいいじゃん! トシ、行こうすぐさま行こうじゃないか」

あっはっはと笑う近藤の背後に「お妙さん」の文字が透けて見え、頬を引き攣らせる。
これで新八の家に行ったら貸し一つ作ったことになる、愛らしい容貌と裏腹にお妙の気性を考えれば非常に恐ろしい。
申し出は有り難く受け取って固辞する土方の背を、近藤が叩いた。

「ならうちで良いよな! トシはいっつも気にしすぎなんだよ。どうせ朝までなんだから楽しもうぜ」
「…近藤さん」

笑おうとした土方の背後から、窓枠を揺さぶる音が聞こえる。
すかさず駆け寄ろうとする新八に開けるなと怒鳴って、土方がカーテンを閉めようとそちらに向かえば。
雪に塗れた銀時が窓に封筒を押しつけて「これこれ」と指さして何事かを訴えている。
ここで開けば元の木阿弥なのに、近藤宛てだってばと騒がれれば聞き入れるしかない。
窓を少しだけ開いて封筒だけを受け取ろうとするが、体当たりしてくる力に押し負けて銀時ごと床に転がった。

「テメェなにしやがんだコルァアアア」
「寒いよー。あああ、マスターあったかい、温もりください、いやマジ」
「つっ、冷てェエエエ! 頬を擦り寄せんな、首に手ェ突っ込むなァァァ」
「あーじんわりあったかい。銀さんこのまま寝ちゃいそうかも」
「寝ろ。そんで一生起きてくるんじゃねェ! 大体テメェがふらふらしてっから近藤さんの親に見つかんじゃねーか」
「それね、うん。コレ、ゴリさんのお父さん? 親ゴリラさんから預かったんだけど」

封のされていない封筒を土方の眼前で揺らし、それから近藤へと放る。
土方を抱き締めて暖を取る銀時の顔面を手のひらで潰しながら、近藤を見上げた。
もしかして自分に関することならばと案ずる土方に、近藤は手紙を広げると。

「親父殿もお袋殿も今日は帰らんらしい。困ったなァトシ、俺ァますますトイレに行けなくなるぞ」

トイレだけじゃなくて一緒に寝てください、そう恥ずかしげもなく言う近藤の心遣いを受けとめて、仕方ねェなと苦笑する。
伝言を銀時に渡したということは、近藤の両親も子供たちの宿泊を黙認したということだろう。
つくづく頭の下がる思いで土方は近藤に感謝を告げると、濡れた体を押し付けてくる銀時の耳を引っ張った。

胸に埋めていた顔を上げ、必死の形相で痛みを訴えてくる銀時を睨めつけた。

「いつまで人の上に乗っかってんだ!! 寒ィし冷てーんだよ。くそ、服濡れたじゃねェか」
「大変! 風邪引く前に着替えなきゃ。脱がすの手伝うよ、ハイばんざーい」
「おもむろに脱がしてんじゃねェエエエ! アホか、アホなのか知ってたけどアホなのか」
「ちょっ、なにも3回言わなくても良いでしょうが! ダメ押しされると俺ってアホなのかなって思うでしょ」
「テメェは1mmの狂いもないほどアホだってことを自覚しろ、つうか重ェ!!」

喚く土方を気に掛けず、銀時は目の前の首筋に鼻先を寄せて匂いを嗅いでいる。
獣じみた仕草が気色悪くて、思い当る場所すべてを叩くが銀時は揺らがない。
背中に回した腕、湿った着流しを引っ掻けば嬉しそうに揺れる尻尾が視界を歪に切り取っていく。
喉が千切れんばかりの勢いでやめろと叫ぶ土方の前にしゃがみ込んだ神楽は銀時の尻尾を抱き締めて遊んでいる。
助けろよ、突っ込む土方の耳に唇を寄せ、銀時が心配ないよと囁いた。

「テメェの頭が心配だっつーの!」
「違うって。俺、ゴリさんの友だちって思われたみたい」
「はァ?」
「見つかった時はさすがにヤベーかなって思ったんだけど、あ、僕近藤さんの後輩でぇ、今夜はコスプレナイトなんですよって言ったら納得してくれた」
「…………………………………」
「楽しそうで良いな、今度混ぜてくれだってよ」

ゴリさんちのお父さんてノリ良いね、つうかバカで良かった。
しみじみと言ってのける銀時に、もはや返す言葉が見つからない。
同意するべきか、妙な言い逃れをした銀時を諌めるべきか。
どちらにせよ、ムキなる自分が馬鹿馬鹿しくなってしまい、脱力する。
途端に重みを増す銀時の顎先を手のひらで押し上げ、「寒いっつってんだろうが」と凄んだ。















−つづく−

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葦原 瑞穂