scarecrow/8〜シークレット・シークレット 03



自分だけがつるりと内側に体を滑り込ませ、銀時の鼻先で扉を閉ざす。
慌ただしく拳を打ち付ける音を背中越しに聞きながら、土方は頭を抱えた。
どうも流されている、ひとつ許してからはどれだけの抵抗も、積み重ねた日常の前に消えてしまった。
適応能力がある自分が悪いのか、はたまた懲りない銀時が悪いのか。
紛うことなく銀時のせいだろうと責任を押し付ける。
そもそもの出会いからして非常識な使い魔は、やはりどこをとっても普通ではなかった。
けれど、今となってはもうどうでもいいような気がしている。
少なくともこの冬の間は、家にいる間に退屈することはなさそうだ。

「だからっつってやるとか無理だけど、無理だけど!」

言い聞かせるように呟いて、土方は一息ついた。
半端に昂った体を落ち着かせようと、無意味なことを考えては捨てていく。
それでも最終的に浮かんでくるのはいい加減な使い魔なものだから堪らない。
近藤と桂の会話を反芻することで気持ちを静め、扉を開いた。

「あれ、マスター時間かかってね? まさか」
「大じゃねーよ、つうか何もしてねェよ。良いから入るなら綺麗さっぱり出してこい」
「ちょっ、俺だって大じゃねーよ!」

もう、デリカシーってもんが足りないんだからとオカマ口調で愚痴を零す銀時が、土方と入れ替えに入って行く。
顔だけ振りかえり、待っててねと飛ばされたウインクを無表情で弾く素振りをして、ついでに手を振る。
犬を追いやる仕草も気に掛けずに、銀時は長い尻尾を丸めて扉の向こうへと消えてしまう。
素直に待ってやる義理もないと元来た道を引き返す土方は、二重窓になっている外の景色へと視軸をずらした。
夜の気配が近付き、見通しが悪く吹雪いているがホウキで飛べないほどではない。
この天候では雪合戦に充分だろう。
視界の利かない中での戦闘は高度な戦略とチームワークが求められる。
伊東と北大路がどれだけ仲間を引き連れてこようが所詮にわかチームだ、隙を探せばいくらでもある。
その点こちらは協調性に欠けるとはいえ、お互いの強さは嫌というほど知っているのだから、良い勝負ができるはずだ。
こういうとき、酸いも甘いも共有してきた幼馴染は本当に有り難いと思う。
些細な癖から思い出から分かち合っているだけに、突発的な事態にも呼吸を読み、意思の疎通が図れる。

「ちょっ、マスター待っててって言ったじゃん!」
「…早ェな」

忌々しげに舌打ちして吐き捨てる土方の背中に圧し掛かり、銀時が頬を擦り寄せる。
一人にしないで、と甘えた声音に鳥肌が立つものだから、首に絡む腕を取り、投げ飛ばして思い切り踏みつけた。

「げふっ! え、アレ? なんかツンが多くね? 銀さんがトイレ行ってる間にデレからのツンになってんですけど、ナイフみたいに尖ってんですけどォォォ」
「毛皮剥がれて死ね」
「触るもの皆傷つけるスタンスは良くないと思います!! カムバックさっきまでのマスター、いやでもツンが多めでも全然可愛いけどね、コレ。どっちも大好きだけどねェエエ」
「うるせーよ!! ちったァ黙れちぢれ狐、俺ァ今雪合戦の戦略をだな」
「人をチン毛みたくいうのやめろよマスターこのヤロー。さすがの銀さんでも自慢の天パを陰毛扱いされたら、怒りますよこのヤロー」
「そこまで言ってねーよ! どこまで天パにコンプレックス持ってんだボケ、どうでもいいから離れろ、重い」
「あ、じゃあ浮くわ」
「は・な・れ・ろっつってんだよ!!」

近づく顔を平手で押し遣り、うんざりと歩く土方の肩に張り付いたままの銀時が、戦略ってと問い質す。
やる気のない口調にも関わらず、聞き出すまで諦めない雰囲気を漂わせている。
隠さねーよとは土方の弁で、疑わしげに銀時は抱き締める腕を強めて先を促した。
具体的な戦略を決める前に銀時が来てしまったと嫌味を含めるのも忘れずに、天候を生かした策を凝らす心算だと告げる。
誰を連れていくにしても細かい戦略は苦手になるだろうから、大筋を決めるだけで後は自己裁量で動くのが良いだろうと。
中距離からの魔法攻撃に一人置き、後はバラけての行動になるが連絡手段を決めて順番に定期報告する。
基本的に皆回復魔法や支援魔法は苦手なので、攻撃に特化して背水の陣を狙った方が動きやすいはずだ。
新八はともかく、他は個性が強すぎてサポートには向かないだろう。

「ふーん、なるほどな。作戦とか聞かなそーだもんなあいつら。違うよ? マスターに人望がないとかそんなんじゃなくて、アレって意味でね」
「テメェ…人のことおちょくってんだろ。いい度胸してやがる、永久凍土に埋めんぞ」

こめかみを痙攣させる土方の横顔を眺めていた銀時が、大きく頷く。

「ま、良いんじゃね? それでマスターは誰連れてく気なの? もちろん銀さんは入ってるんだよね」
「…………………………………」
「オススメは夜神総一郎くんと神楽だな。チームドSで行こう、マスターはドMだけど」
「お前も参戦する気なのか」
「あったり前じゃん。俺を誰だと思ってんの? 土方くんの使い魔でしょ」

ドM扱いされたことを突っ込むのも忘れ、呆然と見上げた土方に銀時は首を傾げた。
何もおかしいことを言っていないといった風に重たい目蓋を瞬かせている。
平生何度となく怒鳴ってもやる気の欠片も見せなかった銀時が一体、どういう風の吹き回しだろう。
土方がうすら寒いものを感じて怪訝な顔をすると、眉間の皺を人差し指で突かれる。

「幽霊でも見た顔してんだけど、なんで?」
「なんでってテメー…、大丈夫か? トイレに脳味噌とか流してきてねーか?」
「それどういう状況ォォ?! ものっそい失礼な心配のされ方してるような気がすんですけど!!」
「いやだってお前、くだらねーこと以外にそんなやる気出すなんて…大丈夫か? やっぱりバカにしか感染しねェウイルスにやられてんだろ」
「だから何回も聞くなっつーの! なんなの俺、マスターにどう思われてんの? どんだけマダオ扱いされてんの? やめて、可哀想な目すんのやめてェエエエ」

銀さんはいつだってマスターに一直線です、抑揚なく言ってのける銀時との間に距離を置いた。

「さっきからテメェ自分で死亡フラグ立てまくってるぞ」
「マジでか。じゃあマスター来世でも恋人になろうね」
「現世でも恋人じゃねェよ」
「うっそ、前世現世来世マスターと銀さんは恋人同士だから大丈夫です。前世で銀さんは糖分侍で、マスターはマヨ警察だったんだから。立場も違う二人が愛し合ってまた来世でも一緒になろうねって約束して生まれ変わったのが俺たち…ってちょっとォォォ」

妄想に思いを馳せる銀時を置き去りに、スタスタ歩いて行ってしまう土方は、元いた部屋に戻って鍵をかけてしまう。
至極冷静に「よし」と呟き、振り返った先には惨状が広がっている。
唯一手土産の食料が無事なだけで、傷だらけの神楽と沖田は未だに取っ組みあっているし、新八は火サスの死体のように倒れ伏し、何があったのか近藤と桂の髪型がパンクヘアーに変貌していた。
小さいウニと大きいウニ、親子ウニかと呆気に取られる土方に気付いたのか、近藤が満面の笑みで手招きする。
若干引きながらも素直に近づく土方が、恐る恐るどうしたのか尋ねれば、近藤の返答は要領を得ない。

「俺たちも途中から何してるか分からなくなってきてな。なァ、桂何してたんだっけ」
「む、決まってるだろう。魔法使いの夜明けを目指してまずは歌の世界から意識改革に臨もうとしてたんだっけ?」
「お前もぐだぐだじゃねーか」
「でもトシ、これ格好良くね? お妙さんも惚れ直しちゃうこと山の如しだと思うんだけど」
「安心しろそもそも惚れられてねーから」
「ならばエリザベスは俺に惚れ直すだろうな」

自信を漲らせる桂を否定してやろうとも、咄嗟に浮かぶのは表情に変化のない不思議生物だ。
曖昧に、あるかもしれねーなとやり過ごす土方の袖を誰かが引っ張る。
振り返り、視線を落とす先にいる神楽が、息を切らせて決まったかどうか尋ねる。
土方の手首を両手で捉え、ぐいぐい引き寄せながら誰を選出したのか教えろと急き立てた。
銀時の意見が過り、思わず言い淀む土方は神楽の乱れた髪を手慰みに直して言葉を探している。
全員連れて行くことも、他に声をかけることも可能だが、参加者が増えればそれだけリスクも増える。
どことなく勘に触れる申し出なだけに、なるべくリスクは減らしたかった。
あの銀時が引け腰になるくらいだ、無事に開戦から決着まで終えるとは思えない。
年少組には遠慮願いたいところだが、こうも真っ直ぐな瞳で見上げられてしまえば、外すとは言えなくなってしまう。
たじろぐ土方に神楽はなおも「私は決定だろ? 決定に決まってるアル、トシちゃんこんちくしょー」と喧嘩を売っているんだかお願いしているんだか分からない言葉を重ねている。

「チャイナはともかく土方さん、俺は行きやすぜ」
「ずるいヨ、私も行きたいアル!! サド丸より私の方が強いもん」
「あァ? 何言ってやがる、俺の方が強ェに決まってんだろィ。やんのかコラ」
「あん?」
「ああん?」

チンピラ同士のように額を突き合わせ、ガンつけあっている神楽と沖田の頭の上に手を置き、軽く叩いた。

「まだ何も言ってねーだろうが! オメーら二人はちゃんと連れてくからここでおっ始めんな」

溜息交じりに零した土方を、4つのまんまるの目が見上げる。
ぱちくりと瞬くタイミングまで一緒で、不覚にも噴き出してしまう。
気の抜けた風船のような音を立てて、顔を背けた土方の腹を叩きむくれる神楽と脛を蹴り飛ばす沖田に幼さを見つける。
気付いてしまえば微笑ましさと可愛らしさ、ほんの少しの憎らしさに綯い交ぜになった心が浮き立った。
本来いるべき場所に今いるのだと、ほっと一息吐く土方の顔を見遣り、沖田が唇に笑みをはく。

「随分と機嫌良さそうじゃねーか土方コノヤローむかつく死ね。なんかあったんですかィ?」
「なんもねーよ沖田コノヤロー頭ぶつけて死ね」
「その割にゃ俺とチャイナ連れてくっつったり笑ったりしてるじゃねーか。いっつもこんな難しい顔してクールな俺気取ってるくせして」

眉間にギュッと皺を寄せ、「総悟ォォォ!」と怒鳴る真似をする沖田を指さして、ケラケラ神楽が笑う。
息も絶え絶えにそっくりだと大笑いする神楽がもう一回とせがむのに、ご丁寧にも前髪をV字に分けた沖田がキリリと顔を引き締めて「おめーらいい加減にしやがれ」と肩を竦めた。
神楽まで真似を始め、悪ノリに拍車がかかればやっぱり可愛くないの一言に尽きる。
振り抜いた拳を避けた沖田へ更なる攻撃を仕掛けたところに、銀時の間延びした声が割って入った。















−つづく−

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葦原 瑞穂