「触るよ、触るけど…。何でこんないきなりなの」
途方に暮れた、情けない声音での問いに、土方もまた探す言葉を無くした。
理由を突き詰めるには今、混乱し過ぎている。
そうだ、ここは学園じゃない、友達と、銀時とで作り上げてきた日常とは掛け離れているからきっと。
「おかしくなってんだろ、俺も…お前も」
「マスターも?」
「俺の居場所はここじゃねェから、たぶん出来るような気がしたんだ」
分からねェけど、と次第に小さくなる語尾に、それでも銀時は納得したようだった。
シャツを握り締めたままの土方の手に手のひらを重ねて、そっと退かせる。
僅かな温もりがまた逃れて行くのに震わせた体、浮いた鳥肌を塗りこめるように滑る手のひらは当然自分とは違う体温で。
ぞくり、総毛立つ肌から目を逸らして銀時を見上げた。
「先にお前がすんのか?」
「え? 何が」
「こういうのって交互に触ったりすんだろ?」
「…………………………………」
「それとも同時に触るのか」
肘を使って上体を起こし、呆けた銀時を自分の上から退かす。
胡坐を掻いて正面に腰を据えた土方は、銀時の着流しを掴むと大きく寛げた。
どうなってんだコレ、と愚痴を零しながら木刀を支えるベルトを引き抜くと流石に、銀時が慌てて土方の肩を掴んで引き剥がす。
「ちょ、待って何か違う」
「違うって何だ」
「いやいや、どうしてそんな攻め気なの」
「は? 俺だけ脱いでるの卑怯だろうが」
「え、そんな理由?」
釈然としないんですけどォと微妙な表情の銀時に構わず、着流しの下、もう一つのベルトへと手を掛けた。
手元を注視してくる銀時の視線が痛くて、かと言ってこのまま引くわけにもいかずに。
思い切って伸ばした手に交差するように伸びてくる指先が、ベルトのバックルに掛かる。
僅か上げた視線が交錯したのが合図だった。
自分とは違う体温が、さして触れもしない箇所に触れてくる。
慣れない感覚にびくり、背中を引き攣らせて息を詰めた。
大きさを確かめるように手のひらで包み込まれると、縮み上がるかと思いきや腰の奥が重く痺れる。
「…………………ッ」
咄嗟に引いた腰を片手で引き寄せられて前に傾げば、眼前にある銀時の肩へ額を預ける形になって。
見えぬことを幸いと土方もまた、銀時の下着へ指先を滑り込ませた。
程なくして探り当てたそこは既に兆しを見せていて、柔らかな芯が通っているのを感じる。
自分のものではないモノに触れるのは初めてで、怖々と指を絡めれば逆に、質感が克明に伝わってしまうものだから。
生々しい質量がいつまで経っても手のひらに残って消えない。
数少ない経験のうち、自分ではどうしていただろうか。
ゆるゆると上下に動かしてみせるしか出来ない土方は、戸惑いが伝わらぬようにと憎まれ口を叩くしか道はなく。
「ンだよ、使い魔も変わんねーんだな」
「…何がァ?」
「いや、トゲとか生えてたらどうすっかと思って」
「猫じゃあるまいし、生えないよそんなもん。銀さんは狐ですぅ」
拗ねた口振りで呟く銀時は意趣返しにと、握り込んだ土方のモノをきゅうと絞った。
うあ、と妙な声を上げて跳ねた肩、反射で内股になってしまったのが恥ずかしくて、舌打ちで誤魔化せば。
嬉しそうに尻尾を揺らした銀時が、ゆっくりと扱き立て始める。
緩い刺激ながらも、些細な快感にさえ不慣れな体は過敏に反応してしまい、大袈裟に体が
弾んだ。
人の手に握られてると言うのに、大した嫌悪感もなく快感を拾い上げてしまう自分が信じられなくて、同時にそんなもんかとも思う。
気持ち良いことに従順な程には土方もまた、普通の男なのだ。
追い上げられてばかりでは悔しいからと、されたように触れる土方は、頭の奥がどろどろに溶けてしまいそうな倒錯感に支配されていく。
(俺のじゃねェのに、握ってるみてェだ…)
銀時の背中だけしか見えない行為は、自分のモノが見えないだけあって、想像が勝手に補完する。
土方の手が追い詰めるのは銀時の屹立のはずなのに、齎される快感が、まるで自慰をしているような錯覚を覚えた。
自分で良いようにするのとは違うもどかしさが、新たな刺激となって背筋をぞくぞくと痺れさせる。
尾てい骨から項を通って脳髄まで、細かな電流となって駆けあがるのが堪らなくなり、熱の籠った吐息を吐けば。
「きもちいいの?」
子供に問いかけるように柔らかい口調はしかし、思う以上の甘さを持って耳朶に注ぎ込まれる。
首を傾げるだけで土方の耳朶に触れられる銀時は、薄い皮膚を唇で挟んで、ねぇマスターと答えを強請る。
口を開けば、あらぬ声が零れてしまいそうで、きつく奥歯を噛み締めた。
頑なな態度をさして気にもせず、銀時は擽るような手つきで兆しを見せる土方自身を握り込む。
滲み出た水玉を押し潰して塗り広げ、ワザとらしく音を立てるくせに、そのことに触れようとしない。
堪え切れぬ吐息が小刻みに零れる度に銀時の髪を揺らして、視界に銀色がチラチラと過る。
言葉で尋ねようとしない代わりに悪戯な指が、手が、土方を追い詰めて行くものだから、逐一情けない手段でやり過ごすことしか出来ず。
硬直するばかりの体を、銀時の空いた片手が撫でさすった。
「もう降参?」
「だ、れが…ッ」
続いて出てくるはずの憎まれ口は、沸騰した脳味噌をぐるぐると駆け巡るばかりで、意思とは裏腹に動かす手だけが別の生き物のようだ。
最早意地などではなく、動き出せば止まれぬ機関みたいに生み出す快感を追いかけて行く。
一人ではなく、二人でという奇妙さがおかしくて、小さく笑った土方の頬へ銀時の頬が寄せられる。
混じり合う体温は確かに違うはずなのに、馴染んでいくのが恐ろしい。
目を閉じても開けても、明滅する銀色に全身染められていくようで、息苦しさに喘いだ。
折り良く裏筋を撫で上げられ、高く掠れた声を漏らせば、合わせた頬が更に寄る。
「可愛い声、出るんじゃん」
出し惜しみしないでよ、そう告げられた台詞に、誰がと言おうとしたかどうか。
「ア……、」
ほどいた唇が容易く結ばれるはずもなく、何か言おうとすればするほど、途切れた短音しか出せない。
夢中で動かす手は拙いはずなのにそれでも、銀時からも粘ついた液体が漏れだしてくるから、僅かな不快感を拭うように擦りつける。
耳元で、溜息を吐くようにそっと、あぁすげーイイと、注ぎ込まれて、ふと冷静になるものの、動かす指を止めることが出来ずに。
「…そう、かよ………」
ぬるつく手と同じだけ濡れた自身から意識を逸らして答えることしか出来なかった。
手元が見えない代わりにくちゅくちゅと、状態を知らせる水音が鼓膜に張り付いて離れず、土方は眉根を寄せて堪える。
知ってか知らずか、耳殻に舌を這わせた銀時がねっとりした舌使いで舐め上げた。
「いつもそんな風にしてんの?」
「…………………………」
「今度一人でしてるとこ見せてよ、銀さんのも見せてあげるから」
「いるかバカ」
あまりのくだらなさに吐息で笑って、されても困るのに集中しろよと嘯く。
風邪を引く一歩手前に良く似た悪寒が全身を支配して、土方の体が小さく戦慄いた。
とんでもないことをしているはずなのに、交わす軽口がいつも通りだから、不思議な安寧が土方を包んでいる。
委ねてはまずいと思うものの、銀時に凭れかかった体を起こすこともできなかった。
身のない会話の間にも動かす手は止まず、零れ出る滴も留まる事を知らない。
「ぅ、あ…あぁ………ッ」
舌の這う耳へ歯を立てられると、殊更に湿っぽい音が聞こえてくる。
意識を取られた下肢をきつく握り込まれ、強張る指先が銀時のモノに爪を立てた。
浮いた血管を掠めたのだろうか、銀時が噛み殺した低い唸り声に何故か、背筋が震える。
獣のようだった。
喉の奥に詰まる声は耳の奥底を突き破ってそのまま心臓に棘を刺したように、じくじくとした痛みを伴って土方を苛む。
「…酷くしないで」
濡らした耳へ舌を差し込んだ銀時が、そう囁いた。
どっちの台詞だと言おうとした声は音になる前に、銀時の手のひらに絡め取られる。
一層に激しく扱かれて土方は、完全にまともな思考を彼方へ飛ばした。
銀時に触れる手をどうすることも適わず、声を堪えることだけ必死に。
汚れた手を銀時の胸元へ伸ばして縋りつく。
「だ、ダメだ…、もうやめ……、いやだ……ァ」
頑是なく頭を振り、潤んだ視界に慣れた風景を探し出そうとするがしかし。
瞬きの度に白い光が明滅し、何も見えない。
胡乱になった口調で銀時の名前を呼んでも答えはないから、縋る指先を丸めて叩いた。
抵抗にもならぬ仕草を見咎めた銀時が凭れかかる土方を起こして、薄く開いた唇に吸いつく。
絡めて吸われる、その感覚は土方の良く知るところで、不意に胸を衝く安心。
譫言を紡ぐ咥内に舌を捻じ込まれ、思うまま蹂躙する銀時をぼやける瞳に捉えた。
赤い虹彩がきつい光を宿して、土方を捉えて離さない。
追い上げられていく衝動、終わりが近いことを予感した土方が壊れそうな吐息を零した。
葦原 瑞穂