酷い言葉で、態度で突っぱねてきたくせに虫が良い、そう思いながらも、慰めることもできない自分が情けなかった。
顧みる己の台詞はどれも、銀時を傷つけてきたはずで。
非はない、そう言い切れないほどには銀時へ情が移っている。
幾ら腹が立つとはいえ、傷つけて良い道理などどこにもないのだ、そんなこと一番自分が分かっているのに。
「…オイ、………………」
黙っていることは罪に思えて、口をついて出た呼びかけに銀時は苦笑して見せた。
ゆっくり頭を振って揺れる銀色の髪、細く眇められた瞳が良いよと言った気がして、胸の奥に黒いものが過る。
小さな火種を抱えて燻っているように、苦味が胸に充満して噎せてしまいそうだ。
知らず歪めた眉へ唇が寄せられ、衝動的に頭ごと引き寄せる。
がち、と鈍い音が鳴ったのは、勢いを殺しかねて歯がぶつかったから。
乱暴に唇を重ねた理由を追いかける暇もなく土方は、銀時の髪へ指先を差し込んだ。
魔力の交換はぴりりとした快感を産む。
しかし、たった今交わした口付けは痛みと、仄かな鉄錆の味しかしない。
それでも理性的な思考を捩じ伏せて、目の前の唇を求めた。
角度を重ねて合わせる唇の合間に吐息が溶けて混ざる。
こんなことしたって何が変わるわけでもないけれど、これ以上言葉を重ねるとまた傷つけてしまうような気がして、声を出すのを恐れた。
人よりも発達した犬歯に唇を噛まれ、うっすらと開けば狙ったように舌が侵入してくる。
体重全て預けられては適わずに倒れ込んだ地面、短く枯れた草が撫でる首筋が擽ったい。
歯列を割って口蓋舐められ、舌先を絡めると、頭の奥がじん、と重く痺れた。
(何で俺、こいつとこんなことしてんだ…)
気付かれぬように持ち上げた目蓋、視界の端に映る獣の耳が、一層に現実感を失わせる。
人ではない、でたらめな生き物、それが使い魔に対する印象だ。
主人に忠実で、信頼と契約で結ばれただけの脆い絆に縋る、不確定な関係なのに。
ボトムスからシャツを引き抜かれ、大きな手のひらに腹部を弄られている。
肌理を確かめるようにゆっくり腰回りを撫でられると、膝頭が震え出した。
けして恐怖ではない、意思とは裏腹に震えは全身に広がって、銀時の頭を抱える指も覚束なくなって。
そう言えば、こうして触れられるのは初めてだったか、と今更ながらに思い当たる。
夜眠る時も、風呂も勝手にくっついて来ては離れなかったけれど、直載に触れるのはきっとこれが初めてだ。
執拗なくちづけを受けながら、ぼにゃりとそんなことを考えていると、湿った唇を舐めた銀時が、体を起こして離れて行く。
外気に晒された肌が、冷たい風に吹かれて縮み上がった。
「さみ………ッ」
「良いの?」
脇の横、動きを制するように膝を突いて土方を見下ろす銀時が、戸惑いがちに瞳を揺らしている。
どうして、とでも言いたげな様相に、いつもと違う主導権の在り処を知る。
気ままに土方を振り回す銀時が今、途方に暮れた表情でただ、返答を待っているのが可笑しい。
散々押してきたくせに、少し抵抗を止めただけでこうも混乱するものなのか。
慌てる人間を前にすると落ち着きを取り戻すと言うのは本当らしく、クリアな思考を自覚して土方は、小さく笑った。
「触るだけだ、テメェとは死んでもやる気はねェ」
「さわるってちょっ、…何」
「散々やりてェっつってたのはテメェだろうがよ。流石に抱けるかっつったら無理だろ? だから譲歩して触るぐらいなら」
「…いや、そこじゃなくて、全然抱けるんだけど」
「は? 抱けねェよ、勃つ気がしねェ」
「だから、イケるって楽勝で!」
「お前どんだけ自分に魅力があると思ってんだ、アホか!!」
「全身魅力の塊でしょうが、むしろ不純物ゼロの魅力でしかないでしょうがァァァ」
「俺ァホモじゃねェンだ! 男なんかに突っ込めるかァァ」
「……え?」
そっち、と間の抜けた言葉がぽつりと落ちる。
どうやら銀時との間に重要な齟齬があるらしく、双方首を傾げ、頭上にクエスチョンマークを飛ばしたところに沈黙が流れた。
ややして体温を失っていくことに気付いた土方が、盛大なくしゃみを銀時に向ければ。
手を翳すのも間に合わず、真っ向から受けてしまった銀時へ片手を上げて簡単な謝罪を呟いた。
「ワリ」
銀時の肩がわなわなと震えている。
これはまずいと身を捩った土方だったがしかし、銀時の反射神経の方が上だったらしく、容易く肩を抑えつけられて。
痛みが走るほどに力を加えられ、口先だけで再度、悪いと謝った。
「…マスター全然悪いとか思ってないでしょ、てか思ってるんだったら分かった、答えてくれるよね、答えてくれるでしょ、良いですか?」
「良くねェよ! 何勝手に決めてんだ」
「じゃあ聞くけど、」
「聞けよテメェ」
「男同士のやり方って知ってんの?」
「…………………………………」
「出来る出来ないじゃなくて、やり方」
やけに真剣に聞かれるものだから、土方も神妙な面持ちで口を開くしか出来ずに。
「ケツの」
「ああ良い! うん、分かった知ってんのね。うん、正直マスターの口からケツとか聞きたくありません。銀さんとしてはそこもうちょっと恥じらってくれないと。頬染めておしりとかアナ」
「誰が言うかァァァァ!!」
「なら、役割とかは?」
「女役と男役ってことか?」
「……ねェマスターはどっちやる気だったの」
薄々分かってるんだけど、そう前置く銀時は、覗き込む瞳を力強く輝かせて真意を見極めようとしている。
何をそんなに真面目になっているのか、分からない土方はそれでも切羽詰まった雰囲気に気圧されて正直に答えた。
「俺が、お前を抱くんだろ?」
「…………………………………」
「だってホモじゃねェのか?」
初手から土方を見るなりキスをして、セックスを仄めかしてきた銀時のことだ、相手は女じゃなくて男が良いのだろう。
土方は容姿を褒められることが多いが、一度たりとも女性に間違われたことはない。
だとしたら、銀時は土方を男だと認識した上で迫ってきたということだ。
これをホモと言わずとして何と言ったら良いのか、視線で問うように見上げた土方の眼前に、硬直した銀時がいる。
半開きの口、大きく瞠ったままの瞳、潜められた眉は無防備に、今なら子供の手でも倒すことが出来そうだ。
「……オイ」
「…………………………………」
「聞いてんのか?」
「ち、」
「血?」
「違うわァァァ!! 誰がホモですかコンチクショー! そりゃ銀さんはマスター好きだけど、大好きですけど、それとこれとは全ッ然違う問題でしょうが。俺のタイプはお天気アナの結野アナだっつーのォォォォ」
「え、じゃあ両方…」
「わァァァァ! 悪化しやがった、もう何て言ったら良いの、コレ。銀さんは女の子が大好きです」
「女好きか」
「あーもうそれで良いよ、男だから! ってかマスターの頭には銀さんに抱かれるって発想はなかったのかってこと」
頭を掻き毟って叫ぶ銀時に、心の距離を取っていた土方は至極冷静に、ああと頷くと。
「テメェがあんまりしつこいから想像したことはある。…が、どういうシチュエーションを考えても途中でお前を殺すことになるから、選択肢から除外した」
「…………………………………」
「大人しく男にやられてたまるか。そんな目に遭うくらいなら相手を殺す」
どんな手を使っても、と剣呑に瞳を眇める土方は、歯軋りがするほど奥歯を噛み締める。
拳を固めてきっぱりと宣言する裏側では、人目を引きやすいなりの理由がある。
察した銀時が困ったように尻尾を揺らしてそれから、倒れたままの土方へ手を伸ばした。
「殺されんのは困るね。だって銀さんが抱きたいんだもん」
「…………………………………」
「突っ込まれる趣味はねーし」
「俺だってそうだ」
「…だよねー」
指の背でするり、と頬を撫でられる。
尻尾でそうされるような心地よさを覚えた土方は、観念して目を閉じた。
全身の力を抜いて、銀時に頬を撫でられるまま。
「だから…、触るだけだっつってんだろ」
最後までは無理でも、その手前なら行き過ぎた好奇心で済む。
魔法使いとは言え土方たちも健全な男子校生だ。
男子寮では時折、先輩から代々受け継がれてきた(と言うほどのものではないが)AV観賞会が開かれることがある。
トイレに駆けこめるのは上級生、待てぬ下級生はその場で処理する者だって多い。
中には他人の手を借りてどうこうすることもあると言う。
もっとも、全て沖田から齎された情報というところが引っかかるけれど、大勢から2人で、自分の手から他人の手に変わるだけだ。
大した差はない、そう自分に言い聞かせて投げ出した体、目蓋の裏は太陽光を受けて赤く染まっている。
吹きさらしの風が鼓膜を打って、今朝見た夢の悲鳴を思い出した。
「やんのかやんねェのかどっちだよ」
「どっちって…」
「気が変わったら二度とねェぞ」
たぶん、という言葉は飲み込んで、緩くなった拘束の下、乱れたシャツを手繰る。
薄い布一枚で外気と隔てられ、ふんわりした温もりが肌を覆うのに、ほっと一息吐けば、銀時が身動ぐ気配がした。
葦原 瑞穂