まだ明るいうちに着いた近藤の家、雪が氷になって張り付いている窓を叩けば、すぐに開かれる。
両腕を広げて迎え入れてくれた近藤は、土方の肩の上にいる銀時を認めて、目を丸くした。
銀時と土方を幾度も見比べて、大きく首を傾げる。
「銀時もいるのか?」
「あ、近藤さん悪ィ、連絡もなしに連れてきちまって」
「いや、それは全然いいんだけどね、ウン。何か…」
「何だよゴリさん、俺がいちゃ迷惑ってことですか、コノヤロー」
土方の肩から降り、宙でくるりと輪を描いた銀時が人型の姿に変わった。
面食らった表情の近藤に詰め寄り、酷くね、と凄みながら土方の手から包みを取り上げると。
「ホラ、こうして手土産も持ってきたのにィ」
「俺がだろうがァァァ 何自分の手柄にしてやがる!」
「え、マスターと俺とは二人で一つ、マスターの買ったもんは俺のもんだよね」
「捻り潰す…!!」
逃げる銀時の尻尾を踏み潰し、踵で捩じ切ろうとする土方へ、近藤はそうじゃないんだけどと呟く。
慌ただしく追いかけっこを始める二人を眺めながら、違和感を拭うことが出来ない。
知らないことの方が少ない幼馴染のはずなのに、何かが違う。
けれど、どこが違うかと問われれば、答えられないほど些細な違いで。
生来考え込むことが苦手な近藤はすぐに、思考を放り投げた。
「まぁまぁ、トシ良いじゃないか。俺は銀時が来てくれて嬉しいぞ! 人数多い方が楽しいからな」
「お、ゴリさん話が分かるね」
「ゴリラじゃねェ、近藤さんだ」
銀時の髪を引っ張りながら注意を促す土方を余所に、近藤は包みを開く。
それが著名な菓子店の品だと気付いて喜色を滲ませた。
「魔風堂の新作じゃないかトシィィィ、これ大好きなんだよ」
「良かった、近藤さんあそこの菓子好きだっつってたから」
「わざわざ悪いなぁ、遊びに来るだけで良いのに」
「いや、アンタには場所提供してもらってるし…。皆何か持ってくんだろ? 俺だけ手ぶらってワケにゃいかないじゃねェか」
「本当に律儀だな、トシは。気にしなくても良いのに」
「そんなんじゃねェって。それより近藤さん、他の皆は?」
辺りを窺う土方に、近藤が答えるより先銀時が鼻を鳴らす。
窓際の壁に体を預け、ガラスをノックすると硬質な音が響いた。
思わずそちらへ視線を投げれば銀時は、もうすぐかなぁと眠たげに瞳を瞬かせる。
「あと5分ってとこが2人、10分弱が1人…その他に幾つか移動してるかな」
「え、どういう…」
「使い魔には魔法使いとそうじゃないのが分かるようになってっから。定春なんて鼻が利くからもっと詳しく分かるんじゃねーかな」
「へぇ、便利だな」
「でしょ? これでマスターが逃げてもどこまでも追いかけ…じゃなかった、危なくなったら助けに行くから。風呂で溺れたり、温泉で逆上せてたり、着替えが出来なかったりしたときに!」
「気持ち悪いんだよォォォ さらっとストーカー宣言かコルァ、つか風呂だろうが温泉だろうが同じじゃねェか」
「違うよマスター、全部裸が絡んでるってとこは同じだよ。全裸のマスターを助けるのは銀さんの役目だからね」
「尚悪いわァァァァ!! テメェにだけは助けられねェよ、絶対、一生、何があっても!」
肩で息をする土方は悔し紛れに足を振り上げるが、背中に届く前にしゃがみ込まれてしまう。
一閃した蹴りは、戯れにしては笑えない鋭さで、口笛を吹いて茶化す銀時の頬に冷や汗が伝った。
引き笑いを浮かべながらそれでも、軸足を刈って倒した土方の上に乗り上がった銀時が、両腕を拘束する。
尖らせた唇を背けた頬へ寄せ、露わな耳朶へ吐息を吹きかけた。
「はい、俺の勝ちー」
「くっそ、テメェ離せよ!!」
「じゃあもう蹴らないって約束してくれる?」
「…………………………………」
「いや、マスターここは嘘でもウンって言うとこでしょ? どんだけ素直なの、そんなとこも大好きです。ってことで、ちゅーしよっか」
「やめろォォォ!! 近藤さん、ちょっ、見てないでコイツ退かしてくれ」
渾身の力で抵抗する土方は、銀時の腕を何とか避けながら近藤を見上げる。
手で、足で尻尾で暴れる体を拘束する銀時は、本気で嫌がる土方を楽しそうに見つめたまま。
成り行きを見守るしか出来ずに立ち尽くしていた近藤はしみじみと頷いた。
「やっぱり仲良しだなァ、お前たちは」
「はァ?! どこ見りゃそうなんだよ、思いっ切り嫌がってんだろうが!」
「うん、そうなんだけど」
「あー見る人が見れば分かっちゃうかァ。銀さんとマスターは運命の二人だからね。前世から愛し合うことが決まってたからね、勿論来世も愛し合っちゃうからね、コレ」
「マジでか! 銀時、そのー、前世とか来世とかアレか。俺とお妙さんのも分かっちゃったりなんかするのかな」
「ゴリさんの運命は興味ないからごめんなさい」
「ちょ、そんなさらりとォォォォ! ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃない、少しで良いからお願いしまァす」
「えー、ぶっちゃけた話適当に言ってるから分かんない。ゴリさんちょっとそこに正座しなさい」
土方に跨ったまま、銀時は視線で床を示す。
近藤は言われるまま腰を降ろし、背筋まで正して銀時の言葉を待っている。
何でそんなに素直なんだと、脱力した土方は肘をついて上半身を起こした。
横目に銀時を見遣れば輝く眼差し、くだらないことを言うだろうことは容易に予想がついて。
せめてもと両耳に指を突っ込んで塞ぐけれど、思いのほか通る声を遮ることはできない。
「運命って言うのは決まってるもんじゃないの、テメェから掴みに行かねェと」
「なるほど!」
「例えば、俺とマスターは結ばれることが決まってるけど、この先何があるか分からないじゃない。ていうか何かあってもそれごとぶち壊す勢いでいるからね、俺は」
「そうか、深いなァ…」
うんうん、と頷く近藤に、もっと警戒心を持ってくれと言ってやりたくるけれど。
口を出せば藪蛇になってしまうような気がして、土方は口を噤んだ。
近藤はしきりに感嘆の吐息を漏らし、やがて銀時の手を両手で包み上げる。
気色悪さを隠そうともせず、顔を顰めているのも意に介さずに、近藤はありがとうと声を張り上げた。
「よーし分かった! 俺もお妙さんとの運命を信じて掴み取りに行くよ、目指せ結婚」
「銀さんのいないところで勝手に頑張れ、そんで手を返せコノヤロー気持ち悪いな」
「応援ありがとう、俺頑張るよ。うん、まだまだ頑張りが足りなかったんだな、俺は」
「だから手を離せって言ってんでしょうがァァァ 何かテメー汗掻いててキモいんだよ、じっとりしてくんだよ!」
「トシ、お前も応援してくれよな!」
「そんな後楽園で僕と握手、みたいなノリで言われてもな…」
困るんだけど、と冷静に答えた土方は、近藤と繋がれたままの銀時の手を見つめる。
それから唇を歪めて笑みを象ると、銀時の耳を摘まんで引き寄せた。
「ちったァ俺の気持ちが分かったか。人に手ェ握られると良い気分しねェだろ」
「ぜーんぜん。こういうのって、人によりけりでしょ? マスターに触られるんだったらどこでも気持ち良い、ゴリさんは気持ち悪い。簡単なことだと思うんですけどォ」
「へぇ、俺ァ近藤さんなら構わねェけど、テメェはダメだ」
「えええ、ちょっ、ええええ?」
「何だよ」
「マスターって結構嘘つきだよね、しかもバレる嘘ばっかりたくさんで。将来絶対性質悪い男になるよ、ウン」
「…………………………………」
「本当に隠したいことだけ上手に嘘がつけるようになる」
でも、そういうズルイ男って魅力的だよねぇ、と間延びした声で告げてくるのに、土方は二の句も継げない。
どこを見たらそんな結論が導き出せるのか、脳を開いて見せてみろと言いたくとも、声にならずに。
苛立ち紛れに銀時の尻尾を引っ張って近藤へと視線を移す。
「近藤さん、こんなアホの言うこと聞いても何の役にも立たねェぜ」
「そうかー? 俺結構感動したんだけど」
「するだけ無駄だって。そのままで良いんだよ、アンタの魅力が分からない女なんてほっとけって」
「トシ…、お前優しいなァ! お妙さんは諦めないけど」
「あぁそうか。そりゃ…頑張ってくれ」
「うんうん、銀時とトシの協力があれば何でもできるよな」
「いや、協力するとか言ってねェし」
「言ってないね、一言も」
「お前ら頼んだぞォ、俺は良い友だちを持ったな、ホントに」
純朴と言えば聞こえは良いが、回路が一つしかない近藤は瞳一杯に涙を浮かべ、覆い被さってきた。
全身を使っての愛情表現はしかし、銀時ごと逞しい腕に揉みくちゃにされて圧迫感しか覚えない。
一番下になり、押し潰される形となった土方は、狭くなった胸を喘がせ、苦しいと呻いた。
俺は愛されてるなァ、そう感極まった声を上げる近藤は銀時の非難も、土方の訴えも聞こえていないようで。
ぎゅうぎゅうと抱き締めながら嬉しそうに笑う近藤につられ、土方もまた困ったように笑う。
ふわり、と室内の温度が和らいだように感じた瞬間に割って入る、平坦な声音。
「お楽しみのとこ失礼します。何でィ、男三人揃って3Pですかィ? 爛れてていけねェや」
肩に乗せた雪を払うこともせず、身軽に滑り込んできたのは沖田だった。
葦原 瑞穂