持ってきた紙袋をそこらに放ると、沖田は重なっている3人をしげしげと眺めた。
近藤を見て土方、次いで銀時、そして土方、また銀時と繰り返し、顎に手を当て首を傾げる。
どうしたと鷹揚に笑うのは近藤ばかりで、土方と銀時は沈黙でもって沖田の動向を見守っていた。
「どうしたもこうしたも、珍しいこともあるもんですねェ」
「はっはっは、総悟が珍しがることの方が珍しいだろ」
「いや、近藤さん、意味が分かんねェよ」
「いつの間にそんな旦那と仲良くなったんで?」
「あぁそうだな、銀時と俺とは仲良しだな!」
「近藤さんじゃなくて、土方さんと旦那でさァ、寄れば触れば痴話喧嘩してたくせして、アレですかィ? とうとう倦怠期に」
「入るかァァァァ! そもそも付き合ってもねェのに倦怠期が訪れるわけねェだろ」
「そうだよ、総一郎くん。銀さんとマスターに倦怠期なんてないから。手を変え品を変えプレイを変え、飽きさせない努力を日々」
「してねェっつってんだろうが!」
ちったァ黙れと銀時の頬を引っ張って伸ばし、土方は近藤に退くよう依頼する。
さすがに男二人の重みを感じたまま喚くのも限界だ。
身を捩るたびに軋む体から解放されたくて、土方は天井を仰いだ。
長い前髪が目蓋を覆うのが鬱陶しく、払った片手に違和感を覚える。
手の甲を翳して眺めれば、使い魔契約の紋章が淡く紅い光を帯びていた。
心なしか熱も持っているような気がする。
その上、今までよりも濃く刻まれている気がして、土方はもう片手を宛がった。
いつもと変わりない自分の皮膚、触れる指先に違和感はなく、けれど表皮の下がじくじくと疼いている。
爪を立てて軽く引っ掻いたところで、手を差し伸べてきた銀時に助け起こされた。
「マスターどしたの?」
「いや…なんか契約印が濃くなった気がしてよ。ちょっと熱持ってるみてェで」
「ま、そりゃそうだろうね」
乱れた土方の衣服を正し、軽く埃を払いながら銀時は、何でもないことのように頷いている。
その背後で沖田は土方の持ってきた手土産に狙いを定め、我が物顔で包装紙を破っていた。
ふわりと室内に甘い匂いが漂い始める。
瞬間、銀時の鼻がひくつき、目にも止まらぬ素早さで振り返った。
「ゴリさんお茶! 総一郎くんちょっと待とうか、コレ…10個入りだから3個ずつ、1人だけ4つ食べられるってことは…じゃんけんで行こう」
「いや、ここはバトルロイヤル、最後まで立ってたやつが総取りで行きやしょう」
「よし乗ったァ」
それで行こう、と瞳を輝かせた銀時の声に、凄味を利かせた低音が被さる。
「ちょっと待つヨロシ。お前ら誰か忘れてないアルカ? そこにあるお菓子はこの雪合戦の女王神楽のものネ、大人しく手を引くアル。ホァタァァァ!」
沖田が入って来た時よりも勢い良く、ドロップキックの要領で銀時を蹴り飛ばした神楽は、菓子折を持つ沖田の前に立ちふさがった。
銀時と土方に良く似て喧嘩の多い二人のことだ、簡単に血の気を昇らせて近藤を挟んで軽い乱闘が始まっている。
後から気遣わしげに入ってきた新八と、サンタクロースも斯くやと言う袋を抱えて現れた桂が遠巻きに近藤を救出しようと試みては巻き添えを食らっていて。
部屋の隅に逃れた土方は銀時を呼び、手の甲を翳した。
「お前、どうしてだか知ってんのか?」
「あぁそれ? 簡単簡単、仮契約だったのが本契約に一歩近づいたってことだから」
「はァ?」
「神楽とかゴリさんの手見せてもらえば分かるよ。元々マスターのが薄かったってだけ。あいつらみたいに手順踏んで契約すれば、ここんとこがもっと濃くなんの」
取り上げた手の、薄い痣を長い指先が辿る。
触れられたところから淡い光が瞬いて、弾けては消えていく。
「マスターは嫌がってたけど。契約が本物になると、良いことがいっぱいあるんだよ」
「…………………………………」
「感覚の共有とか、感度が良くなるとか、あ、性的な意味じゃなくて魔法的な意味でね? 銀さんがすぐそばに感じられちゃう、とかそんな感じで。テレパシーも使えちゃうかもしれないし、何より。マスターが結界張っても入って行けちゃうとか」
「最悪じゃねェか! 自衛手段がまるでなくなってるだろ、国家兵力持ったストーカーに丸腰で立ち向かうようなもんだろ? ていうか良いことなんて一つもねェェェエエ」
「あとはー、接触で魔力解放が出来ようになるといいなーとか」
「願望ォ?!」
「もうマスターってば欲張りだなァ。あと出来ることって言ったらロクなもんねェよ、少し強い魔法使えるようになるとか、魔力の供給がスムーズになるとか、マスターの体調不良が分かるとか」
「そっちの方がはるかに重要だろうが! アレか、もっと強い魔法使えるようになんのか」
「うん、俺がね」
「お前かよ!」
でもそれも大したことないしねぇと、間延びした声で呟く銀時に毒気を抜かれ、取れられた手を振り払う。
肩を落として近藤たちの元へ向かおうとする手首に回る、暖かい指。
緩く引き寄せられて、懐へと抱え込まれた。
腰に巻きつく腕に眉を寄せながらも、銀時の言葉を待てば。
「いつかちゃんと最後までしようね」
「………………………………ッ!」
「何を、なんて聞かないでよ。分かってるんでしょ?」
注ぎ込まれる言葉、思い返す銀時の感触に肌が粟立つ。
目を閉じれば鮮明に気配を感じてしまい、余計に痺れが広がって行く。
じわじわと上がり始める体温を持て余して、土方は勢い良く振り返った。
しかしそれも銀時に取っては予想の範囲内なのか、向き合った肩へ両手を置かれる。
真っ直ぐに覗き込まれ、数え切れない罵詈雑言を胸の内に留めて息を飲む。
どうしてだか、銀時の真面目な顔は土方をダメにさせる。
言いたいことがあっても、暴力に訴えたくとも出来ずにただ、待つしか出来ない。
理由が分からないもどかしさを感じながらも、不思議と嫌ではなかった。
「今じゃないけど話すから」
「…………………………………」
「あの夢のことも、俺のことも。…それと、土方のことも」
「俺…」
「そう、お前のことも、全部」
まだ言えなくてごめんね、と視線を落とした銀時の瞳が翳る。
輝きを消し、泥濘を湛えた瞳に影が射すと、抜け殻のような表情が残るだけだ。
思わず距離を詰めた土方が、銀時の頬へ触れる。
「別に、言いたくねェことなら無理して言わなくても良い。…言えるようになりゃ言えば良いし」
「うん…」
「あ、別にアレだぞ、あの、聞きたいわけじゃねェから! そう、お前に興味ねェから無理すんなとかそういう…」
「ありがと。でもいつか言わせてよ。もう…なくしたくないからさ」
「…………………………………」
「目を開けて、何もなくなってるなんて一度で充分」
「お前、何が…」
問い掛けようとした口を慌てて噤む。
ワザとらしい咳払いでもって流れた沈黙を払拭した土方は、銀時の頬を叩いた。
軽い破裂音がして、目を丸くした銀時が呆然と口を開いている。
間抜け面、と指摘しながら、親指で背後を示した。
「ホラ、糖分の取り合い参戦しなくていいのか? お前のことだ、家賃でも滞納して放り出されたんだろ?」
「え、何その設定。確かに賃貸だったけど家賃は毎月…いや、4ヵ月に1回は払ってたよ」
「…だから寝てるうちに放り出されんだよ。もっと真っ当な暮らしをしやがれ」
「うん、もう大丈夫。家賃とかいらないもんね、使い魔になったから! 家賃生活費全部マスター持ち。夢のヒモ生活」
「さらっとマダオ宣言はよせ。ていうか生活費ぐらい寄越せ、毛皮で良いから寄越せ」
「いやだァァァ、銀さんのもふっとヘアーは売り物じゃないんだから。天パだから売れないんだから!」
「売ろうとしたのかよ…。まァ、マフラーとか作っても伝染りそうだもんな、天パが」
「伝染るかァァァァ 天パはアレ、これ病気じゃないからね、むしろこれ、治るんだったら治してるからね。キューティクル使い魔になってますから」
「知らねェよ」
もうどうでも良いだろ、額に青筋を浮かべて怒鳴る土方へ銀時は、照れくさそうに笑う。
抱きついてくる腕に身を預けながら土方は、はっきりとこの使い魔について知りたいと思った。
単なる興味ではなく、気になってしまっている。
向けられる一方的な感情さえ、一言で切り捨てることも出来なくなって暫し。
悪戯に体を合わせてしまい、中途半端に体温を覚えてしまったからこそ、もう。
「何か…深みに嵌まってる気がする」
戻れない道に足を踏み入れてしまったような錯覚、眩暈を起こした額に手のひらを宛がい、盛大な溜息を吐いた。
人目を盗んで頬へ口付けた銀時が土方の腕を引く。
「マスターも行こ」
「…甘いもんは苦手だ」
「総一郎くんが持ってきたの激辛せんべいだって」
「食えるか!」
「どうせマヨ乗っけるんだから、何食べても同じじゃん」
「違うわ、それぞれ違う味わいにマヨを乗せることでバリエーションが」
「良いから、ホラ。じゃんけん始まっちゃう」
笑顔で手招く仲間のもとへ引きずられながら、土方はそっと銀時を見上げた。
代わりない、気だるげな面持ちはそれでも、糖分を前にして生き生きとしている。
土方の大切なものばかり溢れた室内に、こうしていられることが嬉しい。
自然、弛む口許を俯くことで隠して、始まったじゃんけんの掛け声に合わせる。
振り上げた手のひらを出すタイミングは奇しくも、銀時と同時で。
顔を見合せて笑う、この瞬間がいつまでも続けば良いと願った。
葦原 瑞穂