いつだって結局は良いように丸めこまれてきたこれまでを鑑みれば、今の体勢は非常によろしくない。
どころか、流されてしまいそうな雰囲気をどうにか払拭したくて、土方は銀時の髪を毟るように握るがしかし。
予想に反して銀時は、土方の首筋に鼻先を埋めてはたはたと尻尾を振るだけだ。
素直に懐いている様子を見せるものだから、拍子抜けしてしまう。
「オイ?」
「なァんか、眠くなってきた。マスター超良い匂いするんですけどォ」
「超とか言うな気色悪ィ。つーかテメェどんだけ寝れば気が済むんだよ」
「マスターだって眠そうだったじゃん。風呂とか良いからさ、寝よ」
「…テメェは外で寝ろ」
辛辣に聞こえるよう紡いだ言葉に力はなく、銀時はワザとらしく泣き真似をしながら土方を抱えあげた。
尻尾を使い、器用に上掛けを捲り上げると土方ごと転がり込む。
ごろごろ転がって巻きつく布団には何の匂いもなく、ただ銀時に残る甘い芳香に気が取られる。
甘ったるい、そう唸れば、銀時は良い匂いでしょと嘯いた。
「俺ァ甘いもんなんざ嫌いだ」
「たまには良いじゃん」
「テメェは年がら年中糖分だろうが。つーかだから髪が腐ってきてんだよ、糖で」
「マジでか!! やべー、今更控えんのはホント無理。マスターと離れるくらい無理」
「めちゃくちゃ簡単じゃねェか。よし、外に出ろ。そんで凍死しろ」
「いやいや、銀さん生きる気満々だからね。マスターが出るなら出るけど、マスターの負担を考えるなら初めては屋内の方がいいと思います。慣れて来てから屋外で」
「もう黙れ。二度と息をするな」
「死刑宣告!? 良いですよーだ。だったら外で寝るもん」
「おお、そうしろ」
珍しくも要望を聞きいれる様子を見せる銀時に、溜飲を下げるより先不信感の方が先に立つ。
窺うように見上げれば、銀時は濁る瞳をきらりと輝かせて。
土方の顔の脇に両手を突いて、真剣な面持ちで紡いだ。
「でも、寂しいから寝るときにはコレを使おうと思います」
「あァ?」
思い切り怪訝な声を上げる土方の眼前で指を鳴らせば、空間に裂け目が走り、中から質量をもったものが落ちてくる。
一見して死体のようなそれに目を剥いた土方は、冷たい汗を垂らして言葉を出せぬまま。
石になった思考を知ってか知らずか、銀時が間延びした節を付けて続ける。
「チャララッチャラ〜、1/2スケールマスター人形ぉぉぉ」
「…………………………………」
「仏頂面まで再現してみました。どう?」
ずい、と出されたソレに仰け反って、喉奥に留まる悲鳴を飲み込んだ。
うっかりと叫びそうになった自分を疎ましく思いながらの咳払い、込み上げてくる気色悪さに片眉を持ち上げる。
眼前にぶら下がる己を模した人形を眺めて、ぞっと肩を震わせた。
理解し得ぬくらいのクオリティを誇る人形は、認めたくもないが本当に似ている。
嫌そうに顔を顰めて、怒鳴る寸前の自分の顔は斯くあるものだと言われれば、納得してしまいそうなほど。
胃の奥がカッと熱くなり、感情に突き動かされるまま手のひらを人形に宛がった。
小さく呪文を唱えれば、氷の刃が柔らかな布を串刺しにして。
銀時の顎先に触れるか触れぬかの位置でピタリと止まる。
「あああ!! マスターがズタズタに!」
「…………………………………」
「寂しい一人寝の夜は慰めてもらおうと思ってたのにィィィィ」
「いつテメェが一人で寝た!! 呼んでもねェのに布団に入ってくんだろうがァァァ」
「いやいや、ホラ。マスターが授業中とか銀さん暇じゃない。夜寝顔見るのに忙しいからね、昼間眠いんだよねぇ」
「……なら、俺本人はいらねェな?」
「マスター?」
「人形で充分なんだろ。だったらそのボロ雑巾もって出ていけ、今、す、ぐ、に…!!」
ドスの利いた声で齎した宣言に、銀時は氷の刃が刺さったままの人形を放り投げると、いそいそ土方の隣に横たわった。
「やっぱり本物には適わないよね」
「…ここで寝ることを許した覚えはねェぞ」
「あのさァ、マスター。どんだけ嫌がっても結局は一緒に寝るんだからもう諦めないと」
「あァ?」
「だって、ここで追いだされてもマスターが寝た頃を見計らって絶対忍び込むよ。そんでバレてまた放り出されても戻ってくるよ、絶対」
「…………………………………」
「マスターは知ってるでしょ? 寮のときだって結局さァ」
「……、…………………………………」
「ね? 銀さんはやるといったらやるよ」
無駄に力の入った言葉を受け、あながち間違いとも取れぬ内容に、土方は珍しくも抵抗する意志を失って溜息を零した。
全身の力を抜いて、腕を枕の下へと差し入れて銀時の方へと向き直る。
瞬くたびにふんわりとした眠気が落ちてきて、重い目蓋を持ち上げてだらしない顔を眺めた。
「テメェは、どこでもテメェのままだな」
「…………………………………」
「…いるだけでどこでも学園みてェだ」
ふわり、と笑う土方の瞳は遠く、俗世間とは隔絶された場所を描いている。
焦がれるような目線に、銀時の瞳が釘付けになった。
灰がちな、常に開いたままの瞳孔は形を潜めて代わりに、今ある不遇を湛えている。
厭うには期待が捨てきれず、望むには叶わないと知っているだけに、憂いが消えないのだろう。
家庭に温かさを求めるほどには、土方は子供なのだ。
銀時は、土方の見せかけよりも幼い内面に触れて嘆息する。
文句を言う前にと抱きよせて、少しでも鼓動が伝わるようにと胸に土方の額を押し当てた。
「マスターがいるところが俺の居場所。学園でも外でも、どこでも一緒にいるから」
「それはそれで困る。つーか迷惑だ」
「ふふ、ここでそう来るかぁー。うん、それでこそマスターだ、ムード台無し! でもねぇ例えばそれが天国でも地獄でも構わないってすごくね? 銀さん、思うより決死の覚悟でいますよ」
「生涯ストーカー宣言かコノヤロー心底変態だな」
辟易した表情を隠すこともせず、けれど土方はゆっくりと指先を伸ばして銀時の前髪を掻き混ぜる。
くるり、奔放にうねる一房を指に巻きつけて引っ張った。
首が折れて近づく顔、それぞれの焦点も合わぬほどに近くあれば、知らず吐息がかかる距離。
「明日、連れて行ってやる」
「ゴリラのとこ?」
「近藤さんと呼べ。それから、散歩も付き合え」
「言われなくても」
「ここにいる間、俺から離れるな」
「熱烈なお誘い? いつでも喜んで、マイマスター」
仰々しい口振りで目を伏せる銀時へ土方は鼻で笑い、前髪を一際強く引っ張った。
痛くもない癖に非難の声を上げて見せるのに、嘘吐け、と額を弾く。
そうじゃない、訂正する前に銀時は土方の意を汲んで離れないよと。
訳知り顔で浮かべる微笑みを指摘することはせずに、以外にも高い鼻梁を視線で辿った。
人とは違う赤い虹彩を持つというのに、それ以外に特異点が見つからない。
いつもながら驚かされるのは、どこか銀時を人と同じものとして認識しているからなのだろうか。
本来ならば、分からなくて当然なのに。
銀時に何を見ているのかが分からなくて、土方はそっと目を逸らした。
「兄貴に見つかって殺されてもどうにも出来ねェからな」
「まっさかー、こんなかよわい小狐を手にかけるなんて残酷なことしないでしょ?」
「…………………………………」
「毛皮にしちゃったりとか」
「………………………」
「剥製になんかねぇ」
「………………………………」
「……マジで?」
「まぁ、運が良ければ売られるくらいで済むんじゃねェか?」
冗談とも真面目ともつかぬ顔で言い渡す土方に、銀時は暫しの間黙り込むとマスターとは全然違うねと呟く。
傷を負っていた初対面、土方は銀時の傷を癒すとそのまま逃がそうとした。
助けたことへの見返りも求めずにただ、治してくれたというのに。
「…兄貴とは違ェよ」
「知ってる。俺のマスターは一人だけだからね。他の人になんて触られたくないよ」
「ふん、どうだか」
「おお! 初ジェラシー?!」
「定春に食われて死ね」
ばぁか、と幼く霞んだ声に滲む眠気、土方を抱き寄せて居心地のいい場所へと誘うと、僅かな抵抗もなく擦り寄ってくる。
「あんまり素直で弱ってると、手を出せなくなるもんだね」
「何の話だ」
「いつものマスターの方が好きだよ」
「……………」
「隙を見せる方が悪いって言うけどさ。手を出し辛い隙ってのもあるんだ。だからマスターは今まで無事だったんだと思います」
「…………………………………」
「あれ、作文? とか言ってくれないんだ」
「…眠ィんだよ。嫌がらせかコルァ」
上等だ、そう凄んだはずの声音は柔らかく銀時まで届くから、内心ほらね、と肩を竦めた。
土方が無防備になればなるほど、手を出しにくくなる。
本人でも気付かぬうちに晒している弱みを突くなど、出来るわけがないだろう。
困ったご主人様だねぇ、なんて露ほども感じていないくせに銀時は、これみよがしに溜息を零した。
葦原 瑞穂