scarecrow/6〜深雪の果てに 06



面倒くせェ家だろと落ちた言葉に温度はなく。
ガラス玉みたいな瞳には何の感慨も見えなくて、銀時は首を捻った。

「何が?」
「権力主義の父親と一年中頭に花が咲いた母親。どっちもろくに人の話を聞きゃしねェ。もっとも、話すことなんざ何もねェが」
「へぇ、ああいうの面倒くさいって言うんだ」
「…………………………………」
「銀さんホラ、そういうの分かんないから」
「分かんない?」

今度は土方が怪訝な表情を象り、銀時の瞳を覗き込む。
赤く泥濘した虹彩はいつだって際立つ感情を浮かべることはないから、見つめたところで到底無駄に終わるだろう。
それでもこうして読み取ろうとするのは、少しだけ銀時に沸いた興味に意識を向けたかったからかもしれない。
余計なことを考え過ぎる自分の癖を把握しているだけに、何か別のことを求めるのはよくあることだ。
緩やかな瞬きだけで答えを待つ土方の髪へ指先を潜り込ませた銀時が、吐息だけで笑う。

「魔物に家族っていねーからな、基本的に」
「そうなのか?」
「いることもあっけど」
「お前はどっちだ?」
「どっちだったかなァ、昔のこと過ぎて忘れちまった。だから、マスターが面倒くせーとか言う感覚が分かんねーんだ」
「…………………………………」
「面倒くせーって、良いこと? 悪いこと?」

するり、髪を梳く銀時の爪先に絡む黒糸が解けた。
提示された問いを噛み砕き、思考を巡らすも明確な答えを導き出すことは出来なくて。
古い記憶を辿り、呼び覚まされるのは苦しい場面ばかりだけれど、幾つかの思い出は消して悪いものばかりではないから、総じてみれば悪いと言えずに。
しかし、良いことなのかと思えば諾と頷けないものだから、土方は渋面を作って悪くない、と呟く。

「良くもねェし、悪くもねェ。ただ、面倒なんだよ、とにかく」
「ふぅん、そっか」
「そうだよ」

分かったら触るな、と口にしながら銀時の手を叩き落とし、視線を床へ転じた。
銀時は複雑な表情の土方に気づかぬ振りをして、叩かれた手を伸ばして長い爪を首へと這わせる。
傷をつけぬよう、指の背で喉仏を擦り上げると項を手のひらで覆った。
膝立ちになり、土方を仰向かせて塞ぐのは無防備な唇。
うっすら開いた唇へ魔力を注ぎ込めば、小さく跳ねる体が僅かな抵抗を見せるがしかし。
一度背中を叩いただけでそれきりされるがままに、全身を委ねる土方へいつもより多めの魔力を注ぎ込み、そして吸い上げる。
循環する魔力が混ざり、安定したところを見計らって唇を離せば湿った吐息が漏れた。
もう少しだけと唆す本能に従って唇を合わせた。
辛辣な言葉を紡ぐ癖に警戒心のない唇の奥、舌を捻じ込んで捕まえた舌をきゅ、と吸う。

「…………………………………ぅ」

魔力が介在しないことに気づくまで暫し、好きなように遊んで離れると、土方は手の甲で唇を拭った。
ここらで一発やニ発飛んでくるはずの拳はいつまで経っても繰り出されることはなく。
耳を垂らして動向を窺う銀時へ、土方はこれみよがしに舌打ちをしてみせると床へ倒れ込んだ。
片腕を額に乗せて、茫洋とした瞳でもって天井を眺める土方の唇が艶々と赤い。
灰がちな瞳を眇めながら漏らす溜息に震える唇に、どうしようもない儚さが浮かんだかと思えば口角がくっと上がる。

「マスター?」
「何か、ぐだぐだ考えてる方がアホみてェだな。悪くねェって、今はそんなで良いのかもしんねェ」
「…………………………………」

何がと聞かないのは銀時の気遣いなのか。
有難い反面の微かな苛立ちは、見透かされることによる居た堪れなさなのだろう。
家に帰って来てからの不調は銀時とて知るところで、触れないで居てくれればくれるほど、口をついて出てきそうになる感情の名前は未だ知らない。
口付けで戻る魔力は全身くまなく満ちて、心地良さに目蓋が重くなる。
眇めた瞳で銀時を探せば隣に寝そべってくるから、距離を置いて体を丸めた。

「お前は、仲良くしろって言わねェから良いな」
「………?」
「楽になった、そんだけだ」

ふと、目許口元を緩ませて土方が笑う。
鮮やかな表情の変化に銀時の目が限界まで見開かれ、唇はだらしなく開かれたまま。
音もなく開閉するのを見遣り、土方は寝がえりを打った。
長い毛の絨毯を視線で辿りながら、夕食の席のことを思い返す。
相変わらず学校での成績を気にする父親と、元気に育てば良いとそれしか言わぬ母。
無言で食事を取る兄は恐らく、父親に与するのか口を挟むことなく土方を一瞥するだけで。
奔放な姉は予想通り窮屈な食事の席につくことを避けて、その場にはいなかった。
そのほかの兄弟はどこで何をしているのかも知らない。
家族全員が顔を合わせる近藤家の食卓と違い、土方の家は纏まりの欠片もなく、家庭に覚えるはずの温もりも薄いように思える。
それでもけして仲が悪いと言えないのは、表立った諍いがないからだろうか。
面倒くさいとしか形容しようもない家庭環境を嘆くことはないのだけれども、ただ疲れる。
そうして零れるのは同じ言葉の繰り返しでしかなくて、退屈な時間に降り積もっていくだけだったけれど。

「今年はまだマシかもしんねェな」

やることがあるだけ気が紛れて良い、そう呟く土方の元へ銀時が四つん這いになって近づいた。
覆い被さるような体勢になると、土方の首筋へ鼻先を埋めた。
身動ぐ土方を抱え上げ、ベッドへと放り投げる。

「…何すんだよ」
「どうせ寝ンならふっかふかのほうが良いでしょ? 銀さん気が利くぅ」
「テメェで言ってんじゃねェよ」
「ね、ね、御褒美は?」
「さっきくれてやっただろうが。人に断りなく舌なんか入れやがって」
「わー、マスターに舌とか言われると何かエロイ」
「………爛れた脳みそなんざいらねェよな」
「具体的に何するか言わない辺りにマスターの本気を感じるけど、銀さんめげない!」

土方を抱き竦める腕に力が入れば、鼻で笑われてしまう。
どうやら機嫌の良いらしい土方は銀時の足を軽く蹴って体を捻った。

「靴、脱がせろ」
「えええ!! ここでまさかのお誘い?! マスターの家で初夜とか絶賛燃える! 既に何か出そう」
「何かって何だ!! いや、良い! 言わなくて良い!!」
「そりゃ鼻血とか汗とか、違う………何かとか」
「言わなくて良いっつってんだろうがァァァ!!」
「まァ、一番出したいのはあの、そのーアレだよ」
「…………………………………」
「アレって何だって聞いてくんねーの?」
「聞くか!! 嫌な予感が思いっきりすんだよ」
「マスター」
「……………………………」
「大正解だよ」

急に真剣になったかと思えば、土方の頭の脇に手をついて見下ろす銀時の瞳がチカリと光るがしかし。
口にする言葉は至極下種な台詞だからこそ、呆れて物も言えない。
眉頭をぴくぴく震わせながら土方は、遣り場のない怒りを吐息に混ぜて吐き出す。
今日この時ばかりはと額に青筋を浮かべながらも銀時を叱らないのは、少なからず感謝しているからだ。
気の置けない誰かがいることが、こんなにも楽な気分にさせるなんて。
それが、何も考えていないようでいて絶妙な距離感を取る銀時によるものだということは、幾ら鈍い土方でも分かる。

「年の功だな…」
「純粋な善意なんだろうけれども認めたくない自分が悪意に感じさせるよマスター」
「あ? 何だって? だらだら喋るんじゃねェよ」
「今人のこと年寄りだって言わなかった?」
「……」
「答えないってことは図星でしょ、酷くね? これ酷くね? いや酷いわ―」

うん、と頷く銀時は力を抜いて土方の上にその身を投げ出した。
土方よりも少し重いくらいだろうか、流石に苦しさを覚えて非難の声を上げるけれど退く気配はなく。
ただ嬉しそうに、殴らないんだねマスターと囁く声音は鼓膜へと直接。
殴られないのがそんなに嬉しいのか、どれだけ些細な喜びなのかと思う反面、否定出来ぬ現実がそこにあって。
今まで何かと殴り飛ばし、蹴り落とし、挙句に魔法でボコボコにしてきたことが思い起こされて土方はつい、と目を逸らした。

「アレ、ちょっとバツが悪くなってる?」
「…なってねェよ」
「ねぇマスター明日さ、ゴリさんとこ行くんでしょ? そん時俺さ…」
「あ?」
「………ん、と。…一緒に行っても良い?」

言い淀む銀時の台詞は意外なもので、いつもなら全力で拒否してもついてくるくせにどうしたと言うのだろう。
来るなと言えばついて来ないのかと紡ぐはずの音は飲み込んだ。
土方の不調が移ったのだろうか、歯切れが悪く纏う雰囲気が重い。
のろのろした手取りで土方の靴の紐を解き、怠惰な仕草で投げ捨てる銀時の表情は見えずに。

「…オイ………」
「実はこの辺さァ、寒くて何か力抜けるんだよね。ぬくぬく温かい所にいたいっつーかいっそマスターに抱きしめられて居たいというか」
「断る!」
「触っていたいィィィ」

靴下も取り去った銀時が、土方の踝を円を描くように撫でる。
肌の粟立つ感覚が這いあがってくるのに背筋を浮かせれば、隙間へ片腕を回された。
がっちり固定される体勢のまずさを、今更ながらに実感した。















−つづく−

BACK  INDEX  NEXT 

葦原 瑞穂