scarecrow/6〜深雪の果てに 05



「お前…これやっぱり静止魔法………」
「そんな大層なもんじゃないって」
「だっておかしいだろ、ただの浮遊魔法なら中身ぶちまけてるはずだ。これは液体のまま止まってんじゃねェか」
「うん、でも俺呪文唱えてねーし。これ昔流行ったんだよねー魔界で」
「使い魔しか使えない魔法か何かか?」

未だ生態が明らかにされていない使い魔のことだ、魔法使いとは異なる方法で呪文を使うこともあるだろう。
けれど銀時は緩く頭を振り、長い爪で空を掻くと壺へインクが逆流して、小さな音を立てながら元ある場所へと戻った。
頂きますと宣言して後、冷めかけた食事を取り始めた銀時がこちらを見ずに続ける。

「確か、静止魔法って長い呪文が必要なんじゃなかったっけ」
「通常なら要素構成の他に座標軸と位置指定が必要になる。もし座標軸指定が出来ねェと時間軸から呼び出して…」
「何かものっそ難しいこと言ってて銀さん正直良く分かんないんだけど、今のそんなことしてないから。そもそも難しいのとか面倒なのとか大っ嫌いだからね、俺」
「…………………………………」
「あー、でもそっか。マスターは練習した方がいいかもね、こういうの」
「こういうの?」

訝しげに眉尻を跳ね上げた土方が、銀時の対面に回り込んで腰を落ち着けた。
行儀作法も何もない食べ方に少しだけほっとする自分がおかしくて、視線は床へと落とす。
頬いっぱいにしていた食事を音を立てて飲み込むと、銀時はベッドに転がる枕を呼び寄せた。
片手で放り投げ、上を向く指先で枕を示せばぴたりと止まる。
空いた片手は忙しなく食事を取り続けていて、咀嚼の合間に視線を土方へ投げた。

「何だよ」
「…ふぉれ、ふぁっふぇふぃ……っんん!?」
「いや、何言ってるか分かんねェし腹が立つ。そのフォークごと串刺しにしてやろうか」
「ううん、マスターのいけず。本当は分かってるくせにー。これ、やってみる?って聞いてるんですー、銀さんは」

ワザとらしく尖らせた唇、水を流し込んで一息つくと土方を傍に呼んで。
素直に従うのも腹が立つのだけれど、銀時のしていることに興味がある。
見たこともない魔法を前に、土方は知りたいと思う気持ちを抑え切れない。
牽制の意味で舌打ちをすると、銀時の隣へ腰を落ち着けた。
無言のうちに抱きついてくるのに声を荒げて、思いきり張り飛ばせば銀時は土方に張り付いたまま。
拳を象ったままの土方の手に指先を添えて広げさせる。
腰へ巻きつけた腕、密着する腹と薄い背中の距離はゼロに等しく、居心地悪そうに土方が身動いだ。
耳殻に唇を寄せて、鼓膜に振動を伝えるようにしながら、手のひらに魔力を注ぎ込んでいく。

「感覚で覚えてね。難しいことないから」
「ちょ、おい、それこんなに近づかねェといけねェのかよ」
「だって、これ多分授業じゃやんねー魔法だよ? 銀さん人に教えんの苦手だし、それにマスター口で言うより実践派じゃん」
「それにしたって、耳元で喋んじゃねェよ!!」

ぴりぴり細かい痺れが全身に広がってむず痒い。
それこそ毎夜一緒に寝ていると言うのに、どうしたというのか。
傍らに感じる存在がやけに気になって仕方なく。
肘で銀時を押し遣りながら、良いから教えろよと。

「要素構成とか関係なしに、必要なのは魔力のコントロールだけ。指先に魔力を集めて一点から出すみたいに。マスターもっと絞って」
「絞れも何も俺ァまだ何も…」
「魔法使いは、生きてるだけで全身から魔力出してるみてーなもんだから。まずは神経研ぎ澄ませて、ほら、手のひらに集中」
「ンなこと言ったって」
「出来ない?」
「出来るに決まってんだろ!! 馬鹿にすんじゃねェ!」

見てろ、と語気を荒げる土方の魔力がゆわん、と波打った。
感情の向くままに増幅する魔力の揺らぎをつぶさに観察して、なるほどと頷く。
全身を覆う魔力を強制的に束ねさせて一点へ、吸い上げられる感覚に戸惑ったのか、目を見開いて振り返る土方の唇が薄ら開かれていく。
衝動的に口付けたくなるのを抑え、感覚を覚えるように伝えれば。
びくり、跳ねた体を言い訳することもなく土方は重ねた手のひらと銀時を交互に見遣る。

「このまま維持して? 後はスペルが二つ、tempus fur」

立ち上がり、枕を放り投げた銀時が呪文を唱えるように促した。
聞き馴染みのない二つのスペルを連ねた瞬間、指先から金色の閃光が走って弾ける。
枕に届く前に消えた光はきらきらと、床へ欠片を残してやがて消えた。

「途中で集中切れちゃったかー、これ、冬休み中練習してみたら?」
「………………」
「マスター暇そうだし、そうそう毎日ゴリさんと遊べないんじゃない?」
「…お前……………」

覚えたての感覚が手のひらから消えず、仰向けてぼんやり眺める。
手のひらに残る痣は銀時を追いやる時に発した魔法によるもので、けして今の魔力の放出によるものではない。
剥き出しのスペル、構成も何もない呪文の詠唱は杖を介さねば少なからず傷つくはずなのに。
魔力が紙縒りを作るように収束していくだけでこうも違うものなのか。
微に入り細を穿つ魔力のコントロール、完璧にこなせば相当な力になるだろう。
切れ長な瞳を一度二度開閉させると、土方は銀時の服へ指を這わせた。

「お前でも役に立つことがあんだな」
「ええー…ここでの言葉がそれなんだ」
「いつもダラダラして、迷惑ばっかり掛けて、その上変態で良いところまるで無しのテメェが…」
「マスターそこ目キラッキラさせるとこと違うよ…。って言うかウン、日ごろ人のことをどんなふうに思ってるのか分かってたけど、分かってたんだけどね」

ちょっと辛い、呟く銀時を知らぬ振りして、土方は先ほど知った感覚を取り戻そうとしている。
元より好奇心が旺盛な性質な土方のことだ、意識がそちらに向いてしまえば他は全て外へ放られてしまう。
集中を高めていく土方を眺め、銀時は仰向いた。
高い天井、埃ひとつない部屋はこの家に幾つあるのだろうか。
土方の外した僅かな時間、地下へ地下へと階段を下りて辿り着いた部屋で見つけたモノ。
ああやはりと思う反面、土方の家嫌いの一端が垣間見えた。
気付かれぬよう息を潜め窺った夕食の席には、気難しそうな父親と過保護な母親の姿。
両親に良く似た性格の兄と姉がいたかと思えば、土方のように利かん気の強い兄と姉もいる。
けれど、似た兄弟がいるとは言え土方はその家族の中で明らかに異質だった。
優秀な家系なのか、魔力のコントロールに長けたそれぞれに対し土方は、明らかに力を持て余している。
現に銀時が教えた魔法を習得できず、苛立ちを露わに繰り返す練習。
出来ないことが余程悔しいのだろう、噛み締めた唇の色は薄く今にも切れてしまいそうだ。

「ねェマスター、明後日どうすんの?」
「…………………………………」
「マスターってば」

後から抱え込んで顎を固定して漸く、土方の意識がこちらへ戻ってくる。
腰に腕を巻きつけて土方を拘束すれば、嫌がって身を捩るからそれ以上の力で押し留めた。

「そんなにすぐにやろうとしてもダメだよ。さっきから必要以上の魔力使ってる、それじゃ意味ないから」
「意味?」
「んー、変な力入ってると余計に出来ないからさ。それよりも、銀さん的にはマスターが怪我しっぱなしの方が気になるんですけどォ。あと一人でいるの飽きちゃった。遊んでよマスター」
「俺が一度たりともテメェと遊んだことがあったか、あァ?」
「いつだって銀さんに過剰な愛情表現してくれてるでしょ?」
「アホかテメェェェェ! ありゃ本気で嫌がってんだ!!」
「嫌よ嫌よも大好きですもっとしてくださいコノヤロー、逆に好きって言葉があるじゃない」
「ねェよ!!」

死ねゴルァと肘鉄を喰らわせるものの、土方は銀時に向き直っている。
素直に従わないものの、練習を止める意志を表してくれるのが嬉しくて、銀時の尻尾がはたはたと揺れた。
両腕を突っ張って距離を取る土方の手を取り、唇を押し当てる。
引き攣れた傷口へ舌を這わせた先からぼんやりした光が溢れ、離す頃にはすっかり綺麗な皮膚へ変わっていた。
もう片方も同じようにして治すと、銀時はそのまま皮膚の薄い所を舌で辿って行く。

「オイ、もう治ったって」

諌める土方に応えずに、柔らかい場所へ歯を立てれば微か腕を引くがしかし、振り払おうとはしない。
不機嫌そうな声音でもって制止するだけで思うようにさせている土方は、自分が銀時に慣らされていることに気づかずに。
軽く頭を殴ってそれ以上の抵抗もなく、銀時へ体重を預けた。

「テメェ人の家でふらふらしてんじゃねェよ」
「マスター銀さんがどこに行ってたか知ってんの?」
「あ? 親父とお袋でも見に行ってきたんじゃねェのか」
「…………………………………」

銀時の言葉を逐一否定するくせに、鵜呑みにして疑わない土方の瞳に陰りはなく。
それ以外に何があると言わんばかりの表情に、銀時は困ったように眉を垂らした。
曖昧な返事でもって肯定する姿をどう捉えたのか、土方は何も面白いもんなかっただろと。
銀時の好奇心を満たすものは何もないと言ってのける台詞は全て、自分に向けているのだろう。
興味の欠片もない視線で部屋を見回して後、銀時を見据えた。















−つづく−

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「tempus」…時間 「fur」…泥棒

葦原 瑞穂