scarecrow/6〜深雪の果てに 02



「面倒だな、確かに」
「まぁ折角作ったクッキーは残念だけど、両親に挨拶はいつでもできるもんね、まずは敵情視察が大事だと思うんだ」
「…………………………………」
「好みを知り尽くすってのは大事だよ! いずれマスターを銀さんにくださいって言わなきゃいけないから、その時までにポイント溜めとかないと。そのためにお義父さんとお義母さんの趣味調べとくよ、マスター」

だから今回は仕方ないよねぇ、うん、と人の肩で頷く狐をどうしてくれようかと思ったけれど。
怒声を上げる前に男性が運転席に乗り込んできたのでそれも出来ず、慌てて言葉を飲み込む。
ドスの利いた声で、覚えとけよゴルァと小さく唸れば、男性はビクリ、肩を跳ねさせた。
特にフォローはせず沈黙が落ちた車内、動きだすのに任せて背中が座席へ押し付けられる感覚に眉根を寄せる。
窮屈だ、と外へ投げた視線も何も見つけることが出来なくて、首に巻いていた銀時を膝の上に落とした。
抵抗もなく、されるがままの姿だけ見れば良く出来た剥製、もしくは毛皮のようで。
癖のある柔らかな毛先に指を絡めて遊ぶ。
むずむず動く髭、くすぐったいのだろうかと思えば悪戯心が湧き出して、そこかしこを撫で回して反応を窺った。
少しの気晴らしにはなるけれど、反応のない銀時に興が削がれてしまう。
家までの道のりが長くも短くも思えて沈んでいく思いに捕らわれそうになったその刹那、銀時がちろり、と土方の指先を舐めた。
引き戻された意識、髭を引っ張れば、尻尾が真っ直ぐに毛羽立つ。
これはもしや尻尾に次ぐ新しい弱点だろうか、後で問い詰めてみようと考えていれば、車は一本道へと入って行った。

「皆様、十四郎様の御着きを心よりお待ちしておりますよ」
「…………………………………」
「奥さまも旦那さまも、お兄さまたちも」
「……………………………」

言ったきり口を噤む運転手に応えもせず、ぼんやり眺める景色が見知ったものになっていく。
ぐ、と拳を握り締めて、象る屋敷の輪郭が朧気に見えてくると、目蓋を半分ほど落とした。
半分の黒と半分の彩色された世界にくらりと歪む。
車が止められたことに気づいたのは、前のめりに体が傾いだ時だった。
開けたドアから冷たい空気が入り込む。
御開けしますのに、と慌てた声音が聞こえたけれど、そのまま雪の積もった地面に降りた。
雪の下はきっと、アンティークレンガで几帳面に舗装されていることだろう。
滑らぬように気をつけて、一枚板のオークが使われたドアを開け放った。
銀時をポケットに捻じ込むと、ぐぇ、と僅か悲鳴が上がるのを抑えて黙らせる。
土方が帰宅するのを見越してか、幾人かの使用人が控えて迎えてくれるがしかし。
おざなりな返事をすることで遮って、疲れたから寝る、とだけ言い置いた。
奥様がどうの、旦那様がお待ちですと口々に声が掛かるけれど、聞こえぬ振りをして急ぐと。
カーブ階段の上、手すりに凭れるようにして立つ男の姿が見える。
盛大に舌打ちして、横をすり抜けようとするが、名を呼ばれて歩みを止めた。

「挨拶もろくにしないのか」
「…わざわざ出迎えとは、上級生は随分暇らしいな」
「口も減らない…。父さんと母さんが待っているぞ」
「関係ねェよ」
「十四郎、挨拶ぐらいしておけ」
「……………………………」

顎先を上げ、目線で見下して鼻先で笑う。
もう一度、関係ねェと一語一語切ってすれ違った。
もぞり、ポケットの中で銀時が身動ぐから、軽く叩いて動かぬように。
けれど息苦しさからか暴れ始めるのを持て余して出してやる。

「大人しくしてろよ」
「マスター、さっきの人誰?」
「…………………………………」
「ねぇ、マスター」
「うっせぇな。テメェにゃ」
「関係ないって? まァ良いけどォ、マスターが言わないなら銀さん直接」
「兄貴だ、3番目の」
「3番目ってことはまだいるの?」
「…………………………………」

歯切れ悪く口を噤んだ土方の視線が泳いで、あちらこちらを行ったり来たりするけれど、根気良く待っている銀時に負けたのか、渋々口を開いた。

「…9人。姉貴と兄貴がいる」
「…………………………………」
「俺ァその一番下、だ」
「すっげー、マスターのお母さん頑張ったね。いや、お父さんが頑張ったっつーかコレ」
「………………………」
「俺たちも頑張ろうね、マスター」
「絶対言うと思った、アホかテメェ!! 俺とお前で頑張るとしたらたった一つ、果し合いぐらいだコノヤロー! つか果たし合う前に死んでくれ、お前は本当にいやマジで」
「…どんだけ念押して死んでもらいたいんですかドチクショー。果たし合い…、どっちかっつーと違う意味で仕合いたいんですけど、体だけで語り合いたいんですけどォォォ」
「体と拳と魔力でなら仕合ってやる」
「それ、死合いじゃね?」
「良く分かってるじゃねェか」

喉を鳴らして笑い、自室のドアを開ける。
寮に入る前と変わらぬ様相で、けれど埃の一つも落ちていないことから人の手が入っていることが分かった。
無駄に金をかけた調度品の一つ、天蓋つきのベッドに銀時を放り投げて、厚いカーテンを開けば、ぼんやりした光が差し込むだけ。
窓を開ければ寒気が入ってくることは分かっていたけれど、観音開きに開け放って銀時を振り返る。

「オラ、使い魔なら仕事しやがれ」
「ええー…マスター寒いから閉めてよ」
「ざけんな、寒さも感じねェくせに」
「寒い気がするもん、ってことはもうこれ寒いってことで良いんじゃね?」
「近藤さんのとこに使いに出てくれ。家に着いたからいつでも良いぞって」
「何そのスタンバイオッケーな感じ!! 酷いよマスター俺にはしてくんねーくせにゴリラなら良いの!? マスターの好みはゴリラですか、ゴリラなんですか! どうせなら銀さんにしてよ、もう開けっぴろげに股とか開い」
「flamma rotatio」
「てくださぁぁああ!! チャームポイントの巻き毛が見てこれ縮れ毛になってるゥゥゥ!!」

問答無用で紡いだ魔法は所謂炎系統の魔法で。
杖がない分威力が減ってしまうことを考慮して、知り得る限り強力な呪文をぶつけてやった。
案の定、手のひらから発せられた炎は小さな螺旋を描くだけで、銀時自身を焼き尽くすことは出来ない。
どころか、土方の手に僅かな火傷を残して、不遜な使い魔の毛先を焦がして消える。
ちりちり捻じれた毛先に銀時の爪先がそっと触れると、ぱらぱら床に落ちてそのまま。
声もなく、唇を戦慄かせている背中へ、これみよがしに吐き捨てた。

「どうせ元の髪も焦げても変わンねェよ。くるくる巻きやがってチン毛ヤローが!! 全身にモザイク掛けて捕まっちまえ猥褻有害魔物が!」
「ちょっと待った土方くんの口からチン毛とか聞きたくないよ! 自分の方がよっぽど猥褻なくせして、マスターの恥知らずッ。そんな綺麗なツラしてチン毛とかァァァ、逆に興奮します!!」
「すんのかよ!! 気色悪ィな、何だ興奮って、俺のどこが猥褻だコノヤロー。生憎とテメェほど女にゃ事欠いてねえよ。つか、お前が興奮してないときってあんのか」
「これだからモテモテは嫌だよ、自慢しちゃってさ。銀さんなんかマスターがいれば常に興奮、てか発情期です」
「去勢して3度生まれ変わって出直せボケが」

はっし、と両手を包まれて眼前に擡げられた腕をそのまま突き出せば。
見事顔面を殴打して仰け反る銀時から距離を取る。
相変わらずくだらない言葉ばかりを連ねるけれど、どこか慣れてきた自分が忌々しく舌打ちして窓枠に腰かけた。

「良いから近藤さんのとこに使いに出ろよ」
「…連絡、しないの?」
「うちからじゃ出来ねェんだ」

魔法使い同士の連絡手段は幾つかあるけれど、そのどれもが使えずに。
至る経緯を説明するには、思い出す数々の事項が土方を苛立たせる。
手紙も、電話も全て、魔力を使うものは押し並べて許されないでいるのは、自業自得でもあるのだけれど。

「親父と、仲悪ィんだ。俺がこんなんだからな」
「マスターが可愛くてそこかしこの老若男女魔を誘惑しまくるから心配して?」
「今度は沸いた脳みそごと燃やしてやろうか」
「それは2割冗談だとして、」
「残り8割は何だ」
「本気。銀さんゴリラんち知らないんだけど」
「分かれ」
「わああ、ものっそ理不尽な命令来たよ。道案内ぐらいしてくれてもいいんじゃない? 外の視界悪いから迷っちゃうよ」
「地図書くから行って来い。ついでに帰ってくんな」
「必ず戻ってくるからね、戻ってきたら御褒美に一発」
「殴ってやる」
「それ、どんだけドMなの、俺…」

割に合わなくね、と溜息を零した銀時がふわり、宙に浮いて一回転。
重力を感じさせぬ動きで人型に変わると、焦げた尻尾に片手を翳した。
淡い光が手のひらから球状に発せられて毛先を包んでいる。
僅かな時もなく艶やかな毛並みを取り戻す尻尾を満足げに振り、土方を手招くがしかし。
ここで素直に従う土方ではなく、表情も変えずに腕を組んで顎先を持ち上げた。
喧嘩を売るような眼差しの強さでもって、あァ?と剣呑に声を低める姿はまるで。

「…チンピラみてーだな」
「上等だコルァ」

それがどうしたと言わんばかりに応える土方を意に介さず、ふわふわと空中に寝そべる。
大きく伸びて、尻尾で土方の首筋を撫でればあっさり叩いて落とされた。















−つづく−

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「flamma」…炎 「rotatio」…回転

葦原 瑞穂