scarecrow/6〜深雪の果てに



どこまでも白が続く世界、目を閉じれば押し潰されそうなほど荘厳な。
白に溶けて行かぬよう、体を縮めて自分の存在を確かめる。
それでもさらさら零れて行く欠片を見送ることしか出来ずにただ。
擦り減った分だけ小さくなってそして、なくなってしまったら、どうなるのだろう。




規則正しく揺れる列車が雪深い駅に着くまで、土方は一度たりとも起きなかった。
眠りの淵に沈み、夢を見たかも覚えていない。
気付けば、鼻と唇を銀時に塞がれて息苦しかったことを覚えている。
苛立ち紛れに思いきりしばき倒して降りたホームには、それぞれの迎えが待っていて。
そこかしこで感動の再会とやらを演じているというのに。
隣立つ銀時が一度辺りを見渡してそれから、土方の頬を尻尾で撫でた。

「マスター、寒いね。マフラーいらない?」
「…気づいたんならとっとと尻尾だけ寄越せ」
「えー、銀さんが暖めてあげる。何なら、汗掻くようなことまで」
「列車に轢かせるぞ」
「……程よくミンチだね」

凍える空気よりも冷たい声音で言い切った土方が放つ怒気はいつもより色濃く。
ガリガリと頭を掻き混ぜた銀時は、土方の手首を捕まえて駅中の柱へ押しつけた。
人目がないのを瞬時に判断してから唇で塞いでしまう。
うっすら開く唇から、魔力以外のものを少しだけ頂戴して、怒鳴る前に離れた。

「癇の虫、つかれてたの? マスターにしては珍しい」

舌を出せば赤の上、ふわりふわり蠢く墨色の。
得体の知れぬものを目の当たりにして、土方は思わず息を飲む。
疑問を的確に読み取った銀時はそこらに吐き出すと、足を振り上げて踏み潰した。

「別にこれ、生き物じゃねーから。ちょっと気弱になってたり、悩み事があると寄ってくんの。強気なマスターにしては珍しいなって」
「…………………………………」
「新八とか良くついてっから気にすることねーんだけど、どしたの?」

天下の往来での横暴に、いつもなら声を張り上げるところだけれど、タイミングを失った今それも出来ない。
盛大に刻んだ眉間の皺、堪え切れず零れた溜息の深さに自分自身くらくらする。
妙なところだけ勘の良い使い魔のことだ、隠していた所で簡単に露見してしまうが、どうしても自分から話す気にはならなかった。
不甲斐ないことに、このまま銀時の背に乗って学園に帰ってしまいたい。
それを口に出すことの愚かさを知っているだけに頭が痛み、言葉は喉奥に飲み込まれて行く。
何でもねェと、分かり切った嘘を呟いて、腕で銀時を押し退けた。

「言っとくが、ついてくんなよ? テメーの居場所はねェんだからな」
「えええ、嘘!? 銀さんちゃんと手土産持ってきたから大丈夫だよ。お父さんにもお母さんにも気に入られる気満々だからね」
「アホかァァァ!! 人の両親馴れ馴れしく呼んでんじゃねェよ! つか手土産って何だ、手ぶらで良くも言えたもんだなゴルァ」
「いやいや、この辺に入れてきたから。手作り感抜群だよ、ホラ、銀さん特製クッキー。見て見て、マスターと手繋いでるクッキーもあんの。上手くいって良かったー。あ、大丈夫、マスターの分もあるからね」

欲しがらなくても良いよ、と相も変わらず濁った目で言い切る銀時の両の手のひらに、綺麗にラッピングされた小箱が。
どうぞと差し出されたそれを無言で開けば、中に気色悪いほど加減良く焼かれたクッキーがある。
よくよく見ると確かに、人型が二人手を繋いでいるように見えなくもない、と言うかそのものに象られているからこそ、一層に気持ち悪くて思い切り叩き割った。
無表情に、淀みない無残な仕打ちに銀時の目がこれ以上ないほど見開かれる。

「あああ!! 俺とマスターの愛の結晶がァァァァ! ひどっ、酷いじゃないィィ」
「何でおかま言葉なんだよ、心底気持ち悪ィなテメェ死ねよマジで!」
「生きるもん! これはマスターなりの愛情表現だって信じてるよ、叩き割って食べるって斬新なマナーだって思えば辛くなんてない、辛くなんてないよ。銀さん泣かない」
「ほぼ泣いてるじゃねェかッ、つか食わねェから、俺ァ甘いもん嫌いなんだよ。ついでにテメェも嫌いだって言……っ」

意図を読ませぬ表情で嘘泣きを始める銀時へ、土方がお決まりの台詞を紡ごうとしたその瞬間、割れた欠片を口に含まされた。
咄嗟に噛み砕けば、じんわりと広がる甘さに自然と渋面を作るがしかし。
銀時は次の欠片を構えて隙を窺っている。
これ以上食べさせられて堪るかと、顔を背けて飲み下した欠片は意外にもくどくなく、あっさりした味わいだった。
甘さを好む銀時にしては珍しいことで、目を丸くして振り返れば割れた欠片を一息に飲みこんでいて。
人に食わせようとしたくせに自分で食うってどういう了見なのか。
苛立ちを感じる前に手刀を鳩尾に叩き入れる。
ぐぼっ、と潰れた声音が漏れて、粉塵が舞うから身を引いて離れた。

「何すんのマスター勿体ない!!」
「反応すんのそこかよ!」
「だって別に痛くないし、怒ってるマスターの顔も可愛くて興奮し、ぎゃああああ、やめっ、尻尾は痛ァァァ!!」

不謹慎なことを平気でのたまう銀時に尻尾を捕らえ、無表情のまま引っ張ってやれば断末魔の雄叫び、死んだ魚のような目に涙が浮いて漸く離してやる。
意味がないだろうに、毛先に息を吹きかけている銀時に背を向けて歩き出せば、幾つかの視線が不躾に寄せられるものだから、足早に構内を急いだ。
先に見える近藤とその両親に頭を下げて、軽い挨拶をすれば呼び止められる。
荷物を一旦置いて近寄ろうとする土方を片手で制した近藤が、鷹揚な響きで言う。

「トシ、後で連絡するなー」
「あぁ待ってる」
「冬休み、楽しみだな!」
「…そ、うだな」

今度は両手をぶんぶん振る近藤に苦笑一つ、片手を振ることで応えてまた歩き出せば。
ふわりと肩口に暖かな感触を覚えて眉間に皺を寄せた。
恨みがましく、酷い、と呟く声の主はとうに分かり切っている。
連れて行かないと言っただろ、そう釘を刺せば、銀時は土方の首に尻尾を巻きつけて肩口に落ち着いた。

「そんなの知りませーん、銀さんマスターの使い魔だから片時も離れないの。寝る時もお風呂も着替えの時もトイ」
「本当にミンチにされたいか……!?」
「…ごめんなさいマスター瞳孔開いてるの何とかしてください、ホントすんませんっしたァ」
「…………………………………」
「あれ、マスター本気で怒っちゃった?」
「家に帰ってもテメェの居場所なんざねェよ」

言った言葉は誰に対するものか、平坦なそれに銀時の目が眇められる。
気付かぬ土方は、すれ違う沖田と神楽、新八にそれぞれ手を振って見送り、外を目指して淡々と歩いていた。
常ならぬ重い足取りは土方自身分かっているのだろう、出口を認めて立ち止まる。

「冬休みなんざ、なくたって構わねェのに」
「…………………………………」
「面倒くせェんだよな、大体長い時間かけて列車に乗って、家帰って何もすることねェし、宿題が何より意味分かんねェ」

灰がちな瞳が、ガラスの向こうを見つめて視線を止めた。
風はないけれどしんしんと降る雪が白く世界を染めている。
これでは外に出られないどころか、魔法の練習もできない。
けれど、胸を占めるのはそれ以外の苛立ちだ。
口にするかどうか悩む土方を正しく理解したように、銀時が口を開いた。

「そだ、マスターさっきのクッキーね、食べると幸せになれんだよ」
「あァ?」
「銀さんのね、愛情がたっぷりこれでもか、ざまぁみろってぐらい入ってるから良いことあるよ、うん」
「…根拠がねェよ。つかそこでざまァみろはねェだろ」

そう言いながらも、他愛のない会話に僅かばかり胸が軽くなる。
別に、全てを言う必要はないのだと自分に言い聞かせて、そのまま極寒の空気へと踏み出した。
クラシックカーの横、執事服を着た初老の男性が深く頭を下げる。

「お帰りなさいませ十四郎様、お迎えにあがりました」
「…………………………………」
「どうぞ、足元に御注意くださいませ」

後部座席のドアを開け、乗車するように促されるのに従う。
ちらりと横目で土方の首許を窺った男性はそれでもすぐに、置かれた荷物を恭しく持ち上げた。
閉められたドア、荷物をトランクに仕舞う間に銀時が囁く。

「マスター俺が一緒にいること、言わない方が良いかな?」
「…何でだ」
「面倒じゃねーの? 俺の説明」
「……………………………」

潜められた声につられ、ぼそぼそ呟く土方は明確な答えを返せなかった。
説明が面倒と言うよりも、受け入れられないことの方が有り得るだろう。
銀時が使い魔になった経緯から今に至るまで、省いた説明をする様子を描けば項垂れるしか出来ない。
説明の途中で癇癪を起こす自分が想像するまでもなく、額に手を当て、盛大な溜息を零したのだった。















−つづく−

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葦原 瑞穂