「あ、銀さんまた寝ちゃいましたね」
「こいつは一日中寝てるか糖分とってるか俺にへばりついてるかのどれかだ。邪魔くせェな、マジで。そこの窓から捨てるか」
「…簡単に戻って来そうですね」
「…………………」
否定できないでいる土方に苦笑一つ、悪だくみをする神楽と近藤に向き直った新八がまァまァと。
「使い魔と離れてるって言ったって、ほんの一週間くらいじゃない。あとの一週間は一緒に過ごせるわけだし」
「新八はアレよ。使い魔も地味だからそんな寂しくないネ。定春ぐらいの存在感あれば即レギュラーネ」
「何の?! つか使い魔もってことは僕も入ってんのか、入ってんだろそれェェェエ」
「定春がいない日常なんてつまんないアル」
唇を尖らせた神楽がぶらぶらと足を揺らすから、土方が銀時を差し出そうとするとそれよりも早く断られる。
それはいらないと首を振られ、土方は肩を落とした。
眼前をひらひらと花弁が舞って、桃色の花が新八の元へ落ちる。
生憎と花の名前が分かるほど粋な人間でもない土方は横目でそれを見遣った。
「一週間くらい我慢するヨ」
「あ、姉上から手紙だ」
「姉御!? 何なに何て書いてあるか読めヨ、新八」
「声に出して読んでくれ義弟よ」
「ちょっとォォ、呼び捨て!? つか上から目線の上にアンタの弟じゃねェエ」
先ほどまでの退屈な空気はどこへやら、瞳を輝かせて新八の手元を覗き込む神楽と近藤に苦笑する。
新八が解除呪文を唱えれば花はすぐに紙片に形を変え、薄墨を垂らしたような文字は次第に形を成していく。
さして興味があるわけでもない土方はぼんやりとした眼差しを窓の外へ向けた。
結露が出来て白く濁った窓の外は見えない。
列車の規則的な揺れが眠りを誘って、昨夜の不摂生が今になって利いてくる。
勝手に戻ってきた銀時と夜中まで騒ぎ、怒られるまで。
ぎゃあぎゃあと捲くし立てた結果、なかなか眠ることが出来なかったのだ。
長い道のりを思って途端に重くなった目蓋に逆らわず、窓へ頭を預ける。
「トシちゃん寝るの?」
「あぁ、少しだけ、な」
「ホント? なら私ちょっと姉御のとこ遊びに行って来るヨ」
「あー、分かった」
「席取っといてネ。すぐ戻ってくるから」
返事をする代わりに、神楽が座っていた座席に銀時を置けば。
銀ちゃん留守番よろしくアル、と駈け出して行ってしまった。
それから新八も近藤もついていってしまったから、土方は一人でボックス席を占領していることになる。
人の気配がなくなったことで一層に深い眠りに引きずりこまれて、土方は意識を手放した。
「…ん、土方君」
「起きたまえ」
「…………………………」
肩を揺すられて土方の頭がぐらぐらと傾ぐ。
丁度気持ち良く眠っていたところでの声が不快で、力なく押し返した手を掴まれた。
手首を直に触る体温に覚えがなくて、どろりとした眠りの淵から仕方なく浮上する。
むずがって振りほどこうとするがしかし、手に掛る力が強くて敵わない。
こんなことをするのは一人しかいないだろうと、不遜な使い魔を咎めた。
「銀、とき……、なせ、うぜぇ…」
「………」
「…………?」
応えのない使い魔が珍しくて、新しい嫌がらせかと眉根を寄せる。
手首を回して離れようとすれば、柔らかな皮膚に爪が立てられた。
痛みに覚醒した瞳、一瞬焦点が合わずにぐらんと揺れる。
仏頂面で目を擦れば、ぼんやりした視界に茶色と黒の髪が映った。
となれば、犯人はおのずと決まってくるわけで。
「総悟、俺ァ寝てんだよ、座んなら近藤さんとそっち側あいてっから…」
「誰と間違えているんだい、君は」
「あぁ、ここがあいているなら失礼する」
「……………………………」
聞き慣れない声音に眉根が寄って、一生懸命に開いた目蓋。
雪の日ながらも光線が目を焼くものだから、土方は渋面を作るしかない。
一度頭を振ってすっきりさせれば、手を掴んでいるのが伊東と北大路であることが分かる。
大袈裟に振り払って、目顔で問えば二人は肩を竦めた。
「生憎と座っていた席が埋まってしまってね。折良くここが空いているから失礼させてもらったんだが。何か迷惑かな」
「…そこは近藤さんの席だ」
「今はいないから構わないだろう」
「すぐに帰ってくる」
「そうは言っても今、空いているからいいだろう。それとも僕たちに立っていろと言うのかな」
神経質そうに眼鏡を押し上げた伊東が、くっと口角を上げる。
北大路もまた窺うように首を傾げると丸まって眠る銀時を指さした。
アレ、と物を指すように言う口調が僅か土方の神経に障る。
「その席も空いているなら座って構わないだろうか。そもそも使い魔と席を同じくするなんてことは、君の品格が下がると思うが」
「先輩仰る通りだと思いますよ。どんな素性とも分からない使い魔を傍らに置いて、その上席も貸すなんて。荷物と一緒で構わないだろう。どうせ寒暖は感じないから」
「…………………」
「伊東君もそう思うか。ならコレを退かして失礼するよ。ここは近藤君の席なのだろう? 俺は君の隣の空いた席に座ろう」
きら、と眼鏡の縁を輝かせた北大路へ、これ以上ないくらいに顰め面を向けた土方が舌打ちを返事代わりに。
銀時を摘み上げる仕草がどうにも癇に障って、触るなとざらついた声を発した。
目を瞠る北大路と伊東を苦々しく思いながら銀時をおざなりに肩に置くと、居心地悪さに土方が腰を上げる。
座りたきゃ勝手にすればいいと、完全に気分を害した表情そのままに言えば、両側の腕を掴まれた。
「まぁ座りたまえ。僕たちがここに来たのは他でもない、君に用事があるんだよ」
「そうだ。学校ではあまり接する機会がなかったが、冬休みとは都合がいい」
「どういう意味だ」
「今日から3日後、君に雪合戦を申し込みたい。参加するのは僕たち二人、そして君だ」
「三人でやっても意味がねェだろ」
「いや、雪合戦というのは建前だ。君に勝負を申し込みたい」
「…………………」
眼光を鋭くした北大路に土方の眉が跳ねあがる。
勝負、と名がつくからにはきっと、用があるのは土方じゃない。
どいつもこいつも人のことを軽んじてくれるものだ、と腹の底が煮えて、剣呑な雰囲気を匂わせる肩の上、銀時がうっすら片目を開いた。
思い返すのは、奥歯を噛み締めるしかできない日々。
持て余す感情と力、そして白い布団と木目のはっきりした天井。
人の声に、笑い。
刹那、きつく眉間に皺を作った土方は秀麗な顔から一切の感情を消すと静かに紡いだ。
「勝負してェなら直接こいつに言え。気が向いたら相手してくれんだろうよ」
「くく、僕たちはその狐に用はない。あるのは君だ」
「…………………………………」
「一度全力で仕合うてもらいたい。…君自身を賭けて」
伊東と北大路に囲まれて、ぐだぐだと理解の出来ぬ言葉を重ねられても土方には届かない。
心が一枚一枚閉じてこのまま窒息してしまいそうになる。
けほ、と吐いた咳に反応した銀時が、長い尻尾を揺らして土方の頬を撫でた。
寝ているはずの無意識の行動、銀時の有り様だけがいつもと同じだから土方はきっと眉を吊り上げる。
「仕合うのは構わねェが、俺を賭けるのはごめんだ。俺ァ俺のもんだそれ以外の何でもねェ」
誰のもんにもならねェよ、はっきりした声音で下した結論に、銀時の唇が緩い弧を描いた。
紅い目が三日月の形に変わって土方を見上げている。
それにも気付くことなく、土方は伊東と北大路を交互に見遣った。
「何なんだ一体、どうして俺に突っかかる。目障りなら分かりやすく喧嘩売ってみやがれ、叩き潰してやらァ!!」
「僕たちはそうだね、君が目障りで仕方ない」
「…………………………………」
「だけどね、土方君。俺たちはそれ以上に」
「「君が気になるんだ」」
そうだね、と眼鏡を上げた北大路が土方の腕に手を伸ばして。
制服の上から体の線をつう、と辿る。
酷く気色悪くて、肌が粟立つのだがしかし。
北大路の手は土方の肘のあたりを掴んだまま離れない。
「気になると言うのは少し違うだろうか。確かに僕たちは君を憎んでいるかもしれない、狂おしいほどに。けれどそれは、憎しみに程近い感情なんだ」
「あァ?!」
「執着。憎むのと同様に僕たちは君に執着している」
「意味が…」
「どうしようもなく惹かれるんだ、君に」
「…………………………………」
ぐ、と力を込められた場所が痛い。
左右から絡みつくような視線、呼吸が浅いから苦しくて。
執着と言う台詞そのままに、纏わりつく気配を鬱陶しく思うのに、粘着質な空気に抗えないのはどうしてなのか。
ここまでの熱量を向けられたことがないから、対処の仕方が分からないのだろうか。
北大路が触れた場所がじわじわと痺れて、土方は動かぬ唇で細い吐息を吐いた。
物言わぬ土方に、伊東と北大路は顔を見合せて小さく笑う。
瞳の奥を昏く光らせた北大路が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ただ、是と応えればいい。君を賭けた雪合戦に参戦すると」
葦原 瑞穂