人恋しいなんてわけじゃない、ましてや慣らされたなんてこと有り得ない。
けれど、指で、全身で覚えている感触がないと物足りない気分になって。
毎年気が滅入る季節になっても不思議と、今年はそう感じないのは何故なのか。
原因を考えれば都合の悪い事実を掘り起こしてしまいそうで、蓋をした。
落ち着かないのはきっと、この季節のせいだろう?
対して悲しくもない教師との別れを済ませて、大きな荷物と共に列を作る生徒たちの顔はどこか複雑で。
友達と離れる寂しさからか、はたまた傍らに使い魔がいないからか。
いつもとは様相が異なっていて、皆どこか浮足立っている。
しんしんと降り続く雪に足を取られながら乗り込んだ列車は、学年とクラスごとに整然と席順が決められているものの、走り出してしまえば秩序など軽く霧散した。
あちらこちらから集まって仲の良い者同士座るというのが慣例なのだが。
「トシちゃん良いな〜。私も定春連れて帰りたいアル」
「欲しいならこいつをやろうか」
「えー、私定春がいいヨ」
「俺も定春がいい。こんなふてぶてしい使い魔いるか…!!」
震える拳を握り締めて低い声を出した土方が、自分の膝の上へ視線を落とす。
そこにはちょこんと丸まり、健やかな寝息を立てる子狐がいて。
一見すれば愛らしい容貌だがしかし、中身がとんでもなく図々しいことを土方は嫌というほど知っていた。
時折お菓子の名前を呟きながら尻尾を揺らすのが一層疎ましくて、土方は首根っこを摘み上げてぶらぶら振る。
それでも起きない辺りが図太さの一端を体現しているというか、単に鈍いだけなのか。
「やる、いらねェ」
「でもそれトシちゃんのヨ」
「だから誰かにやる。今なら特別にこの業務用マヨネーズ付きだ」
「いや、付きだって言われましても」
あんまりいらない、と泳いだ目で言う新八に、土方は眉根を寄せて。
「そうだよな、こんなやつ誰もいらねェよな」
突き出た唇で愚痴を言うのだがしかし、そっちじゃないんだけどなと新八が言えるはずもない。
曖昧に笑う新八の横に座る近藤は物憂げな瞳で土方の手を見遣って、尻尾から逆さまにぶら下がる使い魔を両手で受け止めた。
ふさり、と落ちた毛並みの良い尻尾が土方から離れていく。
「近藤さん?」
「良いなァ、トシは銀時と一緒で。俺もバブルスと冬休み、雪合戦とかしようと思ったのに」
「…それは止めた方がいいんじゃねェか?」
なァ、と視線を送った土方に、新八も心底納得といった風体で頷いた。
基本的に魔法使いの雪合戦は、その字の如く本当に「合戦」である。
一番小さいもので東軍西軍に分かれて雪合戦とは名ばかりのサバイバル、魔法、雪玉なんでもござれの戦いで。
腕力と知力だけで勝てるということもなく、地の利を生かした戦術、チームワークなど求められるものが多岐に渡る、実戦形式の遊びだ。
実際に怪我人が出ることも多く、東西南北の4チームに分かれて戦う時なんて、凄惨な場面が繰り広げられるというのに。
「アンタ、バブルスと同じチームになったら間違いなく寝首かかれるだろ」
「っていうか、間違いなく雪合戦関係なく一騎打ちになりますよ、つか仲間割れですよ」
「えええ、バブルスそんなことしないよ? いつも良い子だからホント。ちょっと愛情表現がアレなだけでツンデレなんだからね」
「ツンデレっつーかたまに殺し屋の目してるときあんぞ」
「近藤さん良く気絶させられてるじゃないですか」
「ああバブルスって照れ屋だもんね。そんな所、お妙さんと良く似てるよね」
「…………………………………」
「………………………………」
「は…!! てことはお妙さんもいつもの態度は照れ隠しとか!! 嫌だなァお妙さん、早めに言ってくれれば俺だって」
テレテレと突然首の後ろを掻きだした近藤に二人は何も言えない。
バブルスにもお妙にもブラックリスト第一位だよとは告げられるはずもなく、新八は溜息を吐いて。
土方はあからさまに目を逸らして窓の外へ視線を移し、取りあえず寂しいならと話題の転換を図る。
「それ、連れ帰って良いから」
「んー、トシがそういうならそれでも良いんだけどォ。良いな、使い魔と一緒なんて」
「…………………」
「っていうか、返還したのに帰ってくるってどうやったんですかね」
「そうヨ、やり方教えるヨロシ。定春もそれ頑張らせるネ」
「どうやったって、それに聞けよ」
「分かったアル」
近藤の手のひらの上、微妙な表情で丸くなっている銀時を取り上げた神楽が思いきり振った。
さァ吐け!!と上下に激しく振り始めて漸く目を開いた銀時が何事かと毛並みを逆立てる。
「ちょ、ななな、何これェェエ!! やめっ、ちょ神楽ストップゥゥ」
「やめてほしかったら吐くアル。さっさと教えると良いネ」
「うん出る。違うものが出るよマジで。ウォェェエ!! た、助けてマスター」
「よし続けろ」
「ラジャ」
「オイィィィ!! おま、めっさ嬉しそうな声出しただろ!! コノヤロォォォ、ちょっと見てろコルァ」
怒鳴った銀時の体が薄い水色に発光して後、パチンと弾ける音が立った。
神楽が悲鳴を上げたのも一瞬のこと、銀時は宙を駆けて土方の肩口に収まる。
痺れた手を持て余した神楽がパチクリと瞬くのに、土方は銀時の尻尾を握り締めた。
「オイテメェ何しやがった。ことと返答次第ではただじゃおかねぇぞ」
唯一痛覚のあるらしい尻尾を思いきり引っ張れば、銀時の口が裂けて聞くに堪えない悲鳴が上がる。
膨らんだ尻尾をこれでもかというほど引っ張っている土方を誰も止めることが出来ない。
「ギャァアアア!! ちぎっ、千切れるんですけどォォォォ」
「千切ってんだよ…!!」
「いやいやいや、おまっ、その返事おかしいでしょ、しゃべるからやめてェェエ」
「…チッ」
「マスター、そこで心底不満そうな顔すんの止めて、傷つくから」
「チッ」
「オィィィ、どんだけ俺に厳しいの!? つかアレ、あの、アレだよ使い魔にだって心とかあるよ」
「だから?」
どうでもいいと銀時を放り出した土方は神楽の手を心配して、簡単な回復魔法を唱えた。
初めて会った時に掛けてもらった魔法だねと銀時が言えば、あのときトドメを刺しておけば、土方は悔しそうに唇を噛み締める。
聞かなかったことにして銀時が再び土方の膝上で丸くなると、尻尾で神楽の指先を示した。
「銀さんアレだから。必殺バチッとするやつ使ったから」
「……………………」
「説明しよう、バチッとするやつとは、アレだ。高速で回転し、毛並みが逆立ってきたらそのままアタックする。そうするとバチッとなるやつだ」
「それって…」
ごくり、喉を鳴らした新八が神妙な顔をしていると、他の面々の瞳が輝き出す。
銀ちゃんすげーと拳を握りしめる神楽に、近藤も感心した様子で頷いた。
ただ土方一人が白い目で銀時を見下ろして切り捨てる。
「要はただの静電気だろ」
「うん。毛並みが良くないと出来ないよ」
「黙れクソ狐。魔界に帰れ」
「えーヤダ。もう戻ってこれないもん」
「そうアル!! 銀ちゃんどうやって帰ってきたか教えるヨロシ」
「どうやってーって…切符で?」
「切符て何アル、いくら出せば買えるネ?」
「いや、すっげー高いんだけど、魔界の金で。銀さん運よく落ちてんの拾ったからそれで」
「それでってアホかァァァァ!! 届けろ、勝手に使ってんじゃねぇええ」
「でもねマスターこれ運命だと思って。銀さんはこっちに帰りたくて、そしたら切符がオッサンのポケットから出てるじゃない。だからそれ落っこちてんのと同じじゃない。つか落ちる前に失敬しただけだよ、コレ。もうマスターの元に帰れっておっさんが言ってるような気がしたっつーか言ってたわ心の中で、ウン。だから銀さんも心の中でありがとっつってもらって帰ってきたわけ。はーラッキーだよね。やっぱ銀さんとマスターは運命だと思いました」
「それどんな作文ンン!? アホかテメェ軽くどころか間違いなく窃盗じゃねェかァァァァ」
土方はままならぬ使い魔を前に青筋を浮かべ、不穏な表情を象る。
どうしてこうも常識も倫理も何もかもがなくて平気なのか分からない。
いきり立つ土方へ、銀時はぷい、と顔を背けて拗ねた素振りを見せた。
「違うもん。魔界はすられる方が悪いんだもん」
「すったって認めてんじゃねェか!! もはや拾ったこともなしにすんのかゴルァ」
「な、なるほど。定春もそうすれば…」
「バブルスも…」
「ってオィィィ!! 納得すんのおかしいだろうが!!」
銀時の屁理屈を至極素晴らしい提案であるかのように顔を見合わせる神楽と近藤は、おそらく次回やらせるに違いない。
もっともそんな都合良く切符を突き出したまま歩いているのだろうか、という疑問はこの際無視だ。
土方はふさふさ揺れる尻尾を掴んで止めながら、まァ確かに毛並みは良いかもしれないが、と内心呟いて銀時の背を撫でる。
手のひらの心地良さに銀時の目蓋がゆっくり落ちて、尻尾の動きが鈍く変わった。
葦原 瑞穂