scarecrow/4〜真冬の葛藤 02



「泣き落しは効かねェぞ」
「………くすん」
「気色悪い声出すなコルァ、狭いから退け」
「ちぇ、引っかかると思ったのに〜」

面白くなさそうな顔をした銀時は一つ舌を鳴らすと、またも小狐の姿に戻ってしまう。
長い尻尾を巻いて枕にして、土方の膝の上で丸くなった。

「つーか、テメェのせいで俺ァ面倒事に巻き込まれてんだよ!!」
「面倒事ォ?」
「前に、踏ん付けた男のこと覚えてっか?」
「ぜんっぜん」
「…眼鏡の、陰険さが表に出てるねちねちしつっこい男だ」
「ふぅん?」
「テメェとやりてェって何度も詰め寄られてんだよ」
「…………………………………」

ぴた、と動きを止めた銀時に、土方は呆れた様子で続ける。

「何度か俺ともやってんだが、興味が逸れたらしくて」
「ちょ、マスターマジでェ!? や、やったってマジでかァァァァ」
「そりゃそういう雰囲気になりゃ誰だってやるだろうが。俺だって嫌いじゃねェし」
「ききき、嫌いじゃねーってコォォルァァァァ!!! おま、銀さんの求愛拒んどいてそんな得体の知れねェ男とォォォ」
「うるせェェェェ!! やろうとしたら嫌がったじゃねェか!!」
「なっ、どんだけツンデレだったら気が済むんだテメェ!! 誘われた覚えねェんだけどォ」
「言っただろうが!! その耳は飾り物か!? 狙ってやってんだったら大外れだバカヤロー!!」
「ざっけんなコンチクショーだったら早いところ本契約させて下さいお願いしまっす!! っていうかむしろ今からでも!!」
「………………あん?」

回路が繋がらず、眉間に皺を刻んだ土方が銀時を見下ろす。
小さい体で踏ん張って土方を睨む銀時は、気づかずにぶちぶちと文句を呟いて。
早いところ押し倒せば良かった、だの、嫌だっつーのはアレか、もっとってどんだけツンなんだコラァ、だの続けているから。
土方はとんでもない勘違いを銀時がしていることを理解して、拳を固めた。

「…テメェまさかとは思うがどんな勘違いしてやがる」
「勘違いってなんですか、勘違いから始まる恋もあって良いでしょうがァァァ」
「人の話を聞けェェェェ!! 何の話だ、何の」
「何のってエッ」
「言わなくて良いわァァァ!! やっぱりか、やっぱりなのかテメェ!!」
「おま、ひでェなこれ、オメーが言えっつったんだろうが!!」
「空気を読めボケが!! 俺の言ってんのはバトルの話だっつーの!!」
「…………………………………」
「…………………………」
「………バ、トル?」
「そうだ」
「サ、ドル……?」
「自転車にでも乗るつもりか」
「…ケトル?」
「ヤカンと言え」

土方の突っ込みを聞き終えた銀時がぱち、と瞳を瞬かせる。
理解するまでの時間を待たずに摘まみ上げて、自分の目の高さまで持ってくると、土方は銀時をぶらぶら振った。

「オイ、分かったのか返事しろ。っつーか今度からテメェが断れ」
「…………………………………」
「毎回毎回呼び出されるこっちの身にもなってみろ」
「…行かなきゃ良くね?」
「行かねェと臆病者扱いされんだぞ。そんなの御免だ」
「マスターってさ」
「敵前逃亡は男の恥だ」
「時々とっても迂闊っていうか危ないよね」

溜息混じりな台詞に、土方が聞き返そうと口を開いた瞬間、背を向けられて。
どうするのかと窺っていれば、人型に戻った姿のまま隣に腰掛けられる。
怠惰な仕草で机に肘をついて、銀時はその上に頭を乗せた。

「ねぇマスターどんな風に呼び出されるの?」

どろり、濁った瞳に捕まる。
土方は顎を引いて僅か距離を取ると、口ごもった。
気圧される自分が信じられなくて、唇を歪めてぶっきらぼうに、別に、と。

「いつも昼休みにいないのはそのせい?」
「…毎回ってわけじゃねェ」
「今のもそう?」
「…………………………………」
「別に言ってくれても良いんだけどね。俺ァ無視するだけだし」
「それじゃ」
「マスター逃げたことにはならないでしょ? 良いよ、次から俺が行く。だからマスター行かないでよ」

ここにいて、と見上げてくる瞳に色。
様子の違う空気に惑わされて、土方は銀時の表情を盗もうと試みるがしかし。
手を引かれて引き寄せられた体が近づく。
吐息が掛りそうなほどの距離で、銀時の唇が土方の名を呼んだ。
声にはならずに、けれどはっきりと聞こえた自分の名前が特別な意味を持たされたように。
まるで別の人を呼んだみたいに感じるから、土方は確かめるように記憶を反芻する。

「マスター…俺の知らないところで何かしちゃダメだよ」
「な、なんでそんなことテメェに指図されなきゃ」
「お願い、だからね。できねーなら俺もつれてけ」
「ざけんな、俺の自由は」
「何かあったら遅いから」
「あんなヤツに俺が負けるとでも思ってんのか」
「勝ち負けじゃねェ、世の中にはどうしたってままならねーことがあるってそれだけ」
「オイ、分かるように話せ」
「禁忌の森、行っただろ。森の匂い、それと魔物の匂いか」
「…………………………………」

くん、と鼻を鳴らした銀時が面白くなさそうに言うのに、土方は苦い顔をして。
それがどうした、そう吐き捨てれば銀時は唇を尖らせて吐息を土方へ吹き付けた。
前髪が一陣の風に攫われ、さらさら流れるのに目を瞑る。

「魔法の残りカスついてんなァ、随分用心深い奴がつけたのか、マスターが使ったのか」
「…………………………………」
「他の男の匂いがする」

もう取れたけど。
あっさりと紡がれた言葉に目を瞠った。
銀時の目にはどう見えているのだろうか、魔法の残滓など。
どんな魔法を学べば、目に見えるようになるか皆目見当もつかずに。

「お前、分かるのか? 誰がどんな魔法使ったか」
「あー? 使い魔なら多少は。つーかオメー銀さんのこと侮ってるだろコノヤロー」
「ただの腐れた狐じゃなかったのか」
「こう見えてもアレだから。銀さんちょっとすごかったんだからね。もうアレ、伝説だから」
「世紀末巻き毛伝説」
「ちょっとそれじゃ誰も救えないでしょうがァァァァ!! っていうか俺も救われねェェェエ」

怒鳴った銀時が土方の両手を包んで持ち上げる。
額に当て、何事かを呟いたと思えば、土方の体から力が抜け失せた。

「おま、な、これ、…」
「動けない? 大丈夫。すぐに平気になるから」

言ってもう一度、銀時が手を額に当てると、体中に暖かな感覚が満ちてくる。
軽くなった体に、寒さによって失われた血の気が戻ってきて。
指先までぽかぽかと温められて、土方はほっと肩の力を抜いた。

「楽になった?」
「あ? あぁ……」
「うん、顔色良くなったかな。マスターこんなお買い得商品逃す手ある?」
「何、何だって?」
「いっつも気持ち良くしてあげてるでしょ? 今だってさ」
「…………………………………」
「これまでだって、気持ち良いから許してきたんだろーが。俺がいねーなんて考えられんのかよ」

土方の手を掴んだまま囁く銀時の声音が深くてくらくらする。
頷きかねない状況を打破したのは、冷静な桂の声だった。

「いちゃつくのは結構だが、人目を気にした方が良いぞ、お前ら」
「…………………………………ッ!?」
「んー?」
「まぁ噂のタネになりたいのなら一向に構わないが。…まずは周りを見たらどうだ」

桂の言葉に恐る恐る視線を配れば、幾つもの好奇心に満ちた目、目、目。
それでなくても有名人である土方の一挙一投足は興味の対象で、それが昼のドラマのようなやり取りを繰り返していれば相当の注目を集めることは想像に難くない。
その中で気付かずにこうして銀時と交わしてきた会話を反芻して、土方は絶句する。
一々意味深な台詞で縁取られた会話は、聞いていた皆の記憶を抹消してしまいたいほどに。
人目さえなければ頭を抱えてのたうち回ることもできるが、これでは。
しかたなしに、動じない使い魔を逆さづりにして教室から放り出し、土方はきつい眼差しで辺りを薙いだ。
どうにもこうにも、あの得体のしれない使い魔に掛かるとペースに巻き込まれてしまう。
平常心を保たねば、と深呼吸を一つ、桂に隣の席を勧めると、開いた教科書を提示した。

「次の時間にはもう返還するのか?」
「…嬉しそうだな、俺にとってはなくてもいい授業なのに」
「俺ァさっさとアイツと手ェ切りたいんだよ。出来るなら契約破棄もしてェ」
「卒業するまで待つんだな。理事長にその気はない」
「…………………………………」
「と、この間中庭で言っていた。確か、これで厄介払いができたとか何とか」
「あんのババアァァァ!!」

拳を固めた土方の上にバケツが降ってくる。
ごいん、と良い音を立てて転がったバケツには、天誅と毛筆で記されていて。
教室中に響き渡る音量で、誰がババアだァァァ!!と叫ぶ声が轟いた。
土方は後頭部と、眼前に打ち付けた額に手を当てて歯を食いしばっている。
さすが校内で起こることの全てを把握していると噂されているだけのことはある、とその場にいた誰もが理事長の不興は買うまいと心に決めたのだった。















−つづく−

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葦原 瑞穂