scarecrow/4〜真冬の葛藤 03



「ふむ、今日の土方君は大人しいですね。それでは授業を始めます」

机に突っ伏したままの土方をどう見たのか、担当教師は満足げに頷くと教科書を開くように告げる。
案の定使い魔返還魔法に関することで、教室中が落ち着きをなくしてしまう。
土方はすっかりタンコブになった個所を擦りながら、むっくりと起き上がった。
当然のごとく機嫌は最低をなぞり、早々に始まった授業を受け流して呪文を唱え始める。

「どいつもこいつも好き勝手生きやがって!!」

自分も充分に好きにやっているくせして都合の良いことを言っている、と桂は苦笑して。
存分にエリザベスとの別れを惜しむと、土方に続いて呪文を紡いだ。
教室のそこかしこで色とりどりの魔法陣が浮かび上がる。
使い魔の属性によって色を変える陣が一際光り輝くと、呪文成立の合図だ。
土方は痛む後頭部に舌打ちをして、後少しだけになった呪文を急ぐ。
大人しく逆さづりになっている間に終わらせなければきっと、ごねることだろう。
それでなくても思い通りにならない使い魔を思って、土方は渋面を作った。

「ま、待ってマスター!!」

後2、3言で終わる呪文、土方はいつになく楽しそうな笑みを滲ませると、窓枠に足を掛ける銀時に中指を立てる。

「…………………………………ッ」

話をする代わりに態度で示して、土方は最後のフレーズを唱えた。

「itum」
「ちょ、嫌だってェェェェェ!!」

窓枠にしがみ付いて離れまいと抵抗するけれど、魔法陣が一際輝いた瞬間、足もとにぽっかり穴があいて銀時は落ちていく。
あああ、と次第に小さくなっていく声を最後まで聞かずに、土方は鼻を鳴らした。

「すっきりしたぜ」
「良いのか、お別れも言わずに」
「ふん、ンなもん必要ねェよ。冬休みとは言わず一生向こうにいりゃ良い」
「俺は寂しいがな」

エリザベス、と遠くを見るような顔の桂に、土方は肩を竦める。
寂しいはずがない、いなくなればとずっと思ってきたのだ。
清々することはあっても、その逆はない。
土方は久方ぶりに訪れた平穏を噛み締めて、一眠りするべく机に突っ伏した。



「土方君、一人かな」
「…………………………………」

背後からかけられた声に舌打ちして、土方は足を速める。
声から判別するに、土方の嫌いな人物であることはすぐに分かった。
関わり合いになりたくないと無視をしてやりすごせば、袖を引かれて立ち止まる。

「待ちたまえ」
「………………」
「昼の話の続きだ。僕と君で決着をつけたいと思ってね」
「以前に試合ったのを覚えているだろう。その続きと洒落込もうじゃないか」
「…………………………………」
「僕も、使い魔を返してしまって手持無沙汰でね、暇つぶしの相手を探していたんだ」

土方はいつまでも掴まれたままの袖を払って、冷たい目をする伊東を仰いだ。
以前、些細な火種で始めた試合は教師の仲裁によって止められていて。
土方としても気になっていたが、とても今そんな気分にはなれない。
それどころか、声音に含まれるざらりとした質感に眉根が寄ってしまう。

「生憎と俺ァそんなに暇じゃねェ」
「珍しいな、君ともあろうものがそんな台詞を言うとは。あの使い魔がいなくては覇気がないのか?」
「アイツは関係ねェ」
「それにしては随分と浮かない顔だ。君は、あの使い魔が気になっている、それが理由でないなら何を気にしているのかな」
「それこそどうでもいいことだろうが、失せろ」
「…ナーバスだな」

メガネを光らせて、伊東が土方を値踏みする。
土方の苛立ちさえも楽しげに窺ってくるから、尚更面白くなくて土方は背を向けた。

「逃げるのか?」

煽る意図を持って紡がれた台詞に、土方は神経を尖らせたけれど誘いには乗らない。
どころか皮膚の下一枚が段々と冷え出して、やけに冷静な自分がいる。
調子良く何事かを言ってくる伊東に、踏まれたくせして、といつかの光景を思い出して、土方は頭を振った。

何を思い出しているのだ、自分は。
気になってなどいない、ましてや思い返すなど。
いなければいないほど気になってしまうのは人間の常で。
もう傍にいないのだと、気づいてしまえば余計に思い出してしまう。
しつこいくらいに絡む腕も、ふかふかの尻尾も。

まだ寒いのにな、そう思いながら首元の寒さに身を竦めた。
手のひらを当てて掴むのは冷たい肌だけで、この冬の寒さを何で乗り越えていたか今更ながらに知らされる。

「白けた、…帰る」
「な、土方君、それは敵前逃亡に」
「うるせェ、気分じゃねぇんだよ。テメェだって用があるのは俺じゃねぇんだろうが」

忌々しげに吐き捨てられた言葉に二の句も継げず。
頑なに会話を拒否する土方に、取り残された伊東は苦虫を噛み潰したような顔で唸った。

「次は、必ず」

土方には届かぬ台詞は寒風に浚われて途切れて。
自分を見失った土方は、次々と浮かんでくる詮無い思考を振り切るように自室に戻る。
冬休みはもうすぐだ、帰省の準備を整えねばならない。
何かすることでもあれば気が紛れるだろうと、土方は思い当った感情に蓋をした。


* * *


粗方の片づけを終えて、一息吐いた土方は肩の力を抜く。
そんな折にこつこつ、と窓に何かが当たる音がして、首を傾げた。
そんなに風は強くないはずなのに、どうしたものかとそちらへ足を向ける。
途中、校内で実しやかに語られる学校の怪談を思い出して歩調を緩めはしたけれど。
ほのかにする嫌な予感に土方は眉根に皺を刻んだ。
厚いカーテンを左右に開いて、外を仰ぎ見る。

「…………………………………」

と、カーテンを思い切り閉めた。
あれは見間違いだ、疲れからくる幻覚に違いない、そうだ、疲れていたし見ても仕方がないのだ。
例えそれが、返還したはずの使い魔の幻覚だったとしても。
そう自分に言い聞かせて額に手のひらを当てる。
はぁ、と重い溜息を吐いて頭を振った。

「…寝よう」

踵を返した土方の背後で、思いきり窓ガラスを揺らす音が聞こえる。
一瞬は無視するものの、割れそうな勢いで叩くから、土方は一方ならぬ躊躇いの後に窓の鍵を開ける。
はぁ、と白い息とともに入り込んでくる冷たい風。
土方は無意識に肌を戦慄かせると、だらしなく笑う使い魔を瞠目して見つめた。

「戻ってきちゃった」
「………………………は?」
「帰ってくるのは自由でしょ? 俺魔界に行きたくねーもん」
「…………………………………」
「言っただろーが、俺の居場所はテメーの隣だって」

真剣な眼差しで言い放つ使い魔を凝視して。
よもや幻ではないかと、ふらり、擡げた手で銀時の顔を包む。
ペタペタと頬を叩き、自由にうねる癖毛を掻き乱し、埋まる獣耳を撫でれば擽ったそうに震えた。
知らずに覚えさせられた手触りそのままに目の前にいるから、土方は呆然と銀時を呼ぶ。

「戻ってきたって、おま、魔界とこっちを繋ぐゲートは…」

ハロウィンの日、一時だけ開かれるゲートはやたらに行き来できるほど甘い造りではないはずだ。
おいそれと開くこともできないし、ましてや抜け道など存在しない。
どうやってそこを掻い潜って現れたのか、どんな手段を講じたのか分からないけれど。
至極嬉しそうに揺れる尻尾が土方の体を一掃き撫でる。

「冬休み、一緒に過ごそうね。とりあえず両親に挨拶とかした方が良いよな。うーん、菓子折りとか必要?」
「ちょ、ちょっと待て。何一緒に帰ろうとしてやがんだテメェ」
「だって俺使い魔だもーん」
「ふ、ふざけんなァァァァ!! テメェなんか連れて帰れるかバカヤロー!!」
「え? 帰るよ。ほら、荷物も準備万端だから」

取りだしたのはスーパーのビニール袋。
透けて見える中には、イチゴ牛乳とお菓子がぎっしり詰まっていて。
荷物と言うよりはおやつでしかないそれに、青筋が立った。

「かーえーれェェェェ!! 遠足気分じゃねェかコノヤロー!! 即刻帰れ、魔界に帰れ、つーか自分の星に帰れ!!」
「だァから、行ってきたっつーの。そんで戻ってきたんじゃん」
「いや、今からでも遅くねェ、返す。即行魔界に返してやる」

土方は眦を吊り上げ、杖を振りかざす。
薄い唇が紡ぐのは強制返還の魔法で、淀みなく進められる呪文に銀時が慌てて飛びかかった。
手、足、尻尾と使えるものは総動員して土方から杖を奪おうとするが、そう容易くは行かずに。
次第に魔法そっちのけで押し問答にムキになる二人の顔に翳りはない。
どこか明るい口調で帰れ、と怒鳴る土方に銀時も唇を弛める。
しかし、冗談でも魔法を唱え終わっては適わないと、土方の手から杖を取り上げた。

「ちょ、ストップ、ストップですよコノヤロー、怒った顔も可愛いなちゅーして良いですか」
「どさくさに紛れて血迷ってんじゃねェェェェ」
「本心ですよもー、ってかアレ抜けてくんの大変なんだっつーの」
「だから何してやがんだ魔界のゲートは、もじゃ毛には不感知なのかポンコツがァァァ」
「ポンコツって…つーかァ、戻してもまた帰ってくるけど」
「………ッ」
「オメーの傍にしかいたくねェの」

だから諦めてよ、ねェと声を落とす銀時の目がちかり、光る。
紅いルビーを嵌め込んだような瞳が煌々と燃え上がり、物言えぬ土方を虹彩へ閉じ込めた。
見たこともない輝きは上手に土方の思考を刈り取って、銀時がふわりと笑う。
ほんの僅かな時間で、惜しむ暇もない別れだったけれど――――――

「ただいま、マスター」

抱き寄せられた腕にどこかホッとしたことなど、土方は気付かなかった。
















−つづく−

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葦原 瑞穂