scarecrow/4〜真冬の葛藤



分からないんじゃなくて、分かりたくないだけだ。
多分真実なんてただの飾りに過ぎなくて、嘘でも大切なことは沢山ある。
けれど真実に拘ってしまうのは、確かなものが何一つないから。
気持ち一つで前に進めるほど、あいつのことを知らない。




「いい加減受け入れてくれてもいいんじゃないか?」

くっ、と眼鏡を押し上げて、目の前の男は神経質そうに唇を歪めた。
苦々しく思う気持ちを隠すことなく、これ見よがしにした舌打ち。
土方は長い睫毛を震わせ、面倒くさそうに目を伏せる。
人気のない校庭の隅で交わされる会話は、ここ最近幾度となく繰り返されたものだ。
大げさな溜息でもってその場を辞そうとする土方に伸ばされた手が、二の腕を掴む。
嫌悪感が這う肌そのままに振り払えば、嘲笑が降ってきて。
何もそんなに邪険にしなくてもいいじゃないか、そう響く声音が気持ち悪い。
土方は口中で短く呪文を唱えると、自らの杖を呼んだ。
目も止まらぬ速さで向かってくる杖を視界に捉えて、飛び上がれば見事に捕まえる。
逆上がりの要領で回転し、杖に立つと手の届かぬ高さまで飛んでしまう。

「しつっけェんだよ!! 誰がテメェなんかとやるかボケ」

口汚く罵って飛び去ってしまう背中に、残された男は楽しそうに笑った。

「…君に相応しいのは僕だ」



腹の奥底がふつふつ煮えたぎって、土方はイライラと髪を掻き毟った。
箒を取り上げられた時も、使い魔召喚を見送った時も感じなかった焦燥感に唇を噛み締める。
ここ最近の自分が不安定であることは分かっているけれど。

「あれは八つ当たりなんかじゃねェ、絶対。…たぶん、」

怪しくなった語尾に気づかぬ振りをして寒空を切り裂いて飛べば、多少のことは忘れてしまうのに。
日一日と寒くなる陽気に、土方は溜息を吐いた。
早いものでもう学期末なのだ、これまでの日々を振り返って額に青筋を浮かべる。
苛立ちの一端を担う使い魔は今頃、暖かい教室で惰眠を貪っていることだろう。
正式な契約こそ結んでいないものの、仮契約破棄の許可が下りないと知った土方の使い魔は目に見えて増長した。
いや、元々図々しかったのが酷くなったと言うべきか。
飄々とした風体で、隣にいるのが当たり前になるほどくっついていたかと思えば、途端に安心してだらけた表情ばかりを晒すようになって。
一緒に寝ることも、不意打ちのキスにも慣れた頃には、無駄な抵抗をするのを諦めるようになっていた。

「…ンで俺がこんなに振り回されなきゃなんねェんだよ」

もう知るか、と誰ともなくに呟いて、土方は禁忌の森へと向かう。
嫌なことがあった時の憂さ晴らしとしてはバトルが一番だ。
土方は森の入口辺りで手頃な魔物を物色し、薬学部から渡されたメモに目を通す。
必要なものを集めていけば、それなりの小遣いが手に入るとあっては張り切っても仕方がない。
それでなくても問題児の土方には小遣いが幾らあっても足りないくらいだった。
鬱蒼と茂る森の空気は、飛んでいるよりも冷たく淀んでいる。
そこかしこに感じる気配を探って、土方は杖を構えた。
自分の身長と同じか、それ以上の杖の先を光源に辺りを照らせば、転がるように犬型の魔物が飛びかかってくる。
咄嗟に張った防壁で難を逃れ、間合いを取った土方に、魔物は低く狂ったような呻き声を上げた。

「…チッ、雑魚じゃねェか、つまんねェ」

それでも逃げることはせず、杖の先端を魔物へ向け、知り得る限りでも簡単な攻撃呪文を唱える。

「ignis aura」

呪文が終わるや否や杖の先端が赤く光り、光線が火へと変わって魔物を焼いた。
表皮を撫でただけで全身に火が付き、のた打ち回る魔物へトドメの一撃を振り下ろして、土方は首を鳴らす。
これで憂さ晴らしが出来たかといえばそうでもない。
どころか弱いものを叩いただけの不燃焼な感覚に眉根を寄せた。
もう少し骨のある相手はいないものか、と辺りを探るが、魔物がやられたことにより逃げてしまったらしい。

「今日は手ごたえない日か」

唇を尖らせた土方が動かなくなった魔物を見遣る。
これはリストに入っていた魔物だったろうかと検分するが、どうにも面倒になって止めた。
転がしといた場所だけ薬学部に教えればそれで済むこと。
そう判断して魔法を唱えると、薬学部に伝言入りのメモを飛ばす。
余計に消化できない不満を持て余して、土方は肩を落とした。

「戻る、か……」

使い魔と同じく怠惰な仕草で杖に足を掛けると、行き先を校舎に向ける。
幾分か落としたスピードに乗って戻った暖かな教室は、いつも以上に騒がしかった。
窓から入ってきた土方に驚くこともなく迎え入れた桂の瞳が濡れている。
ぎょっとして土方がどうしたのか尋ねれば、桂は無言でエリザベスを指さした。

「え、エリザベスと離れるなんてこの俺に耐えられるはずも……ッ」
「…あん? 契約解除でも通達されたのか?」

基本的にあまりにも相性が悪い場合、主人からでなくても契約解除の申し込みが出来る。
そう言えば、一つ上の服部という先輩の使い魔が不服申し立てをしたらしいとの噂が駆け巡ったが、桂もそうなのだろうか。
訝しげな表情をする土方へ、桂は頭を振って。

「知らぬわけではあるまい。もうすぐ冬休みだ」
「だから?」
「な!! 決まってるだろう、エリザベスとしばしのお別れではないか!!」
「…………………………………?」
「そうか、お前は去年いなかったから知らないのだな」
「悪かったな…」
「使い魔にも冬休み、夏休み、ゴールデンウィークがあるんだ」
「そうなのか?」
「長期休暇のときは里帰り、つまりは魔界に返さなくてはならない。俺にはそれがどうしても…ッ、耐えられないのだァァァァ」

ぶわ、と泣きだした桂から一歩距離を取って、土方は落ち着けと諌める。
しかし案の定聞く耳を持たない桂はエリザベスに取り縋って寂しいと零していて。
気がつけば教室で、桂ほど酷くないものの使い魔との別れを惜しむ声が聞こえた。

(今日返すのか)

今年初めて使い魔をもった土方には何もかもが初めてのことで。
使い魔返還魔法でも調べようと机に戻れば、だらしなく寝そべる小さな狐がいる。
首根っこを掴んで隣にずらすと、長い尻尾がふさり、と揺れた。
小さいと良いんだけどな、とは土方の弁で、大抵は人型のまま懐いてくる鬱陶しさを思い出して眉根を寄せる。
机に置き去りになっている教科書を繰って該当ページを探せば、然程難しくない呪文が並び、予習の必要はなさそうだった。
この良く分からない使い魔がいない生活を想像する。
まず第一に一人寝が出来る、妙なことをされない、指折り数え上げるのはメリットばかりだ。
いない方が却って良いんじゃねェの、そう零したところで腹を見せて眠る小狐が起き上がる。
くぁ、と欠伸をして見せつけるのは鋭い歯と赤い舌。
眠そうに瞬きを繰り返すと、狐の姿のまま土方を見上げた。

「何の話?」
「テメェの話だ」
「え? 何々、告白? オッケーです、つき合って下さい」
「違ェェェェ!! 聞いてなかったら最初から言え!!」
「あ、これ銀さんの夢の話だわ」
「テメェの妄想なんざ聞きたくもねェ、っつーか勝手に人のこと夢に出してんじゃねェよ」
「ヤダ。夢くらいは好きに見てアレコレしてるもん。聞きたい?」
「死ぬほど聞きたくねェ!!」
「で、何の話?」

小首を傾げる狐が、教科書に乗り上げて鼻先を持ち上げる。
正面から向かい合うようにして見下ろす土方が、珍しく目元を緩めて、銀時の足元へ指を這わせた。
顔だけをそちらに向けた銀時が、文字を読み上げる。

「使い魔返還魔法?」
「冬休みっつーことでお別れだそうだ。きっちり返してやるから喜べ。二度と戻ってこなくて良いぞ」
「…………………………………」
「良かったなァ、使い魔にも冬休みがあって」
「マスター楽しそうじゃない?」
「分かるか」

口角を上げた土方から顔を背けて、銀時は尻尾を揺らした。

「銀さん帰るの断固拒否します」
「規則だから仕方ねェだろ、帰れ」
「嫌だ、残ってマスターと寒さも溶かすような思い出作るんだもん」
「寝言は寝ても言うな。テメェは帰るんだよ」

勝ち誇ったように言う土方の頬を、銀時がペロリと舐める。
驚いて仰け反った土方の膝に降りて、銀時は人型に戻った。
土方下肢を跨ぎ、椅子に押し付けると両横に手をついた。
簡単にその場に拘束すると、銀時は濁った瞳で土方を捕まえる。

「帰らないよ。帰るとこなんてマスターのとこ以外ねーんだから」
「…………………………………」
「マスターの傍に置いてよ」

切なく響く声音と、細く眇められた瞳に縫い止められて土方は動けない。
指通りの良い髪を梳かれて、するり、撫でられた頬。
唇が落ちてくるのを避けるまでは容易く。
けれど払い退けようとするのは、酷く困難だった。















−つづく−

BACK  INDEX  NEXT 

「ignis」…火 「aura」…風

葦原 瑞穂