クリスマスまでの神楽との特訓はそれなりに困難を極めていて。
足元に気を取られて動きがぎこちなくなってしまうのもまァ仕方がない。
一番の問題は1曲の間に踏まれた回数である。
本番を予想して高いヒールを履いている足に、軽いとは言え何度も踏まれたら。
それこそ引け腰になるのも当然だろう。
「…トシちゃんごめんね」
「謝らなくていい、から」
ステップを早く覚えてくれとは、申し訳なさそうな顔をする神楽には言えなかった。
頑張っているのが分かるから追い詰めるようなことは言いたくない。
土方は桃色の髪をぽん、と叩くと休憩を言い渡す。
イチゴ牛乳片手に練習を見ていた銀時は、隣の定春が神楽へ駆け寄るのを見届けると、嬉しそうに土方を迎えた。
「マスターそれ本番用の衣装?」
「笑うんじゃねェよ。男子は皆燕尾服に白手袋なんだ」
「似合ってるなーってさ」
「嘘吐け、目が笑ってんだよ」
銀時の言葉を最初から信用していない土方はタイを弛めると一息吐く。
リピートを掛けてあるCDデッキを止めて、持ってきたコーヒーに口をつけた。
神楽は定春を撫でてやりながら、うずうずと練習の再開を待っている。
「トシちゃんもう休憩終わり? 終わりにする?」
「…今休憩に入ったばっかりじゃねェか」
「だってー」
む、と口を尖らせた神楽は私服であるチャイナ服を摘んで俯いた。
「全然上手にならないヨ。トシちゃん確かにリード上手ネ。でもわたしまだ踊れてないアル」
「急ぐなよ。上手くなってっから」
「ホント!?」
「あぁ、な?」
同意を求めて銀時を振り向けば、少しの間を置いて後頷く。
銀時はイチゴ牛乳を飲み干してから、そうだぞーと神楽の両肩に手を置いた。
フォローするなんて良いところあるじゃねェか、そう思って魔法で暖め直したコーヒーを飲む土方に届いた言葉は。
「マスターと抱き合えるなんて羨ましすぎるってんだコンチクショー。早く上手くなって銀さんに返しなさい。っていうか代わってください。銀さんも抱き締めたいです」
「…………………………………」
「…ぶふぉーッ!!」
「うわっ汚!!」
「トシちゃんきったないアル」
空気を読まない台詞に噴出した土方、茶色の液体が思い切り空に散って落ちる。
口の端から零れたコーヒーは顎を伝って、気管に入った液体のせいで思い切り噎せた。
ゲホゲホと咳を繰り返し、痛む気管を抑えて土方はふざけたことをのたまう使い魔を睨み上げる。
しかし銀時は白々しくも土方を気遣って背中をさすり、声が出せるようにと軽く叩いた。
ローブの袖で汚れた口元を拭うと、土方は噎せて涙目になった瞳を剣呑に眇めて銀時の髪の毛を毟り上げる。
「性質の悪ィ冗談言うのはこの口か!? この口なのか!! あァ!?」
「あ、マスター涙目かっわいー」
「人の話を聞けェェェェェ!!!」
「うん、あ、まだここ汚れてる」
怒鳴る土方の顎先を捉えた指先、つい、と頬を撫でて拭ったかと思えば眼前に赤色。
それが銀時の舌先だと理解する頃には頬を舐められていた。
ざらり、とした質感が触れて離れて行き、後には呆然と目を瞠る土方が残されて。
それでなくても瞳孔の開きがちな目がこれ以上ないくらいに瞠られて瞬く。
間抜けにも薄く開いた口が銀時にはとても可愛らしく映り、序でにと寄せた唇。
ちゅう、と馬鹿にしたような音を立ててのち、距離を取った銀時が被害を恐れて宙に舞った。
機能停止した脳を再起動させた土方が戦慄き、大きく息を吸い込む。
「人前でなァにしやがったテメェェェェェェ!!!!」
「神楽がいなきゃいいのー?」
「んなわけあるかゴルァァァァ」
拳を振り上げて怒鳴る土方が、自分も飛べることを忘れて銀時を地上から追いかけた。
銀時は相変わらずだるそうに目を擦り、遥か上空へと逃げてしまう。
くるり、一回転して小さくなっていく姿を忌々しく見送った土方が、強く唇を拭って舌打ちした。
神楽は土方の隣へ立つと、漆黒のローブを摘んで引っ張る。
「トシちゃんトシちゃん」
「ッせェな! 何だよ!!」
「ウルサイのはどっちネ、このホモが!!!」
「な……ッ、誰がホモだァァァ」
「だって銀ちゃんとちゅーしてたヨ。一回や二回じゃないんだろコノヤロー」
「…………………………………」
眉を吊り上げて言う神楽に二の句を告げなかったのはそれが、真実だからだ。
実のところ、銀時と唇を合わせるのは一度や二度どころではなく、最近では毎日している。
そうすれば体が楽になるし拒みきれない、などと理由にしては弱いのだがしかし。
「それでホモって言われんのは心外だ。大体アイツは使い魔で…」
「使い魔だと違うの?」
「だって、俺ァ魔法使いであいつは俺の」
「でも男同士ヨ。大丈夫わたしそういうのに偏見ないネ。大体新八だって」
「違ェ!! 俺ァそんなんじゃねェ」
「…トシちゃん。銀ちゃんはトシちゃんのこと好きだって言ってたヨ。だからホモね」
「それと俺と」
「トシちゃんは銀ちゃんのことどう思ってるの?」
じぃ、と大きな瞳に覗き込まれると息詰まってしまうのはやましいことがあるわけじゃない。
そう自分に言い聞かせて口先だけでの否定をしてみるけど、どれもこれもがしっくりこないだけだ。
好きか嫌いかで言えば間違いなく嫌いなはずなのに、口に出来ないのはそこで何か終わってしまう気がする。
「嫌いになるほどあいつのこと知らねェ、し」
「ふぅん。でもトシちゃん銀ちゃんにあっち行けばっかりネ。銀ちゃんトシちゃんにいっぱいしてくれるのにトシちゃんどうしてそうなの?」
「し、してくれるって?」
「朝いつも学校まで運んでくれるアル」
「あ、あぁそのことか。アレはあいつがそうしたいって」
何の他意もなしに聞かれるほど性質の悪いことはないと思う。
きらきら光る瞳に嘘を吐けば一気に穢れてしまう気がして、土方は素直に答えた。
神楽はふむ、と考え込むと更に続けた。
「トシちゃん銀ちゃんのどこがダメ? わたし銀ちゃん好きヨ、おもしろいし優しいネ」
「…………………………………」
「銀ちゃんいつも使い魔やめさせられるかもって心配してるヨ」
「ダメって…、あいつ俺の言うこと聞かねェ、から。すんなっつってんのに寮抜け出すし、その、キスしたりするし好きだとか冗談ばっかり」
「言うこと聞く使い魔が欲しいの? トシちゃんそれ、我侭アル。使い魔奴隷じゃないヨ」
「…………………ッ」
それは図星でしかなった。
土方の口にする理由は尤も唾棄すべき理屈にしか他ならないのに、今まで気づかずに。
神楽に言われた言葉は重く、けれど素直に受け止められるほど人間は出来ていない。
奴隷が欲しいわけじゃない、土方とて使い魔に一種の憧れを抱いていたこともある。
それだけに自分で呼んだわけではない銀時の存在、言動そのものが気に障るのも確かだ。
真っ直ぐに好きだといわれても底知れぬ、初対面の人間に告白されたも同然で。
銀時がふざけた態度で執着を見せる度に考えるのだ、こいつは何かを隠していると。
「でも、トシちゃんが悩むの分かるヨ。銀ちゃんみたくテキトー人間に懐かれたら信じられないアル」
「…………………………………」
「いっつもダラダラしてるし、甘いものばっかり食べてるし、この間は拾ったジャンプ読んでたし」
「……………………、……」
「だけど定春と一緒に遊んでくれるアル。サド丸の使い魔ともそうネ。みんな怖がって近づかないのに銀ちゃんは定春とサド丸とバブルスと遊んでくれるヨ。…すぐに疲れて逃げちゃうけど」
悪い人じゃないヨ、と懇願してくる神楽は深くは考えていないのだろう。
ただ、銀時を邪険に扱わないで欲しいとそれだけ。
しかし、銀時が土方に求めるのはそんな簡単なものではない。
仮契約から本契約に、銀時の言葉を鵜呑みにすれば、体を繋がなければならないのだ。
契約のために使い魔と契る、それこそ不実になるのではないかと思う。
銀時と過ごした数ヶ月、分かったことはその得体の知れなさだ。
深く、濁った目をしたかと思えば時折煌いて、見たこともない色を浮かべる。
適当なことばかりを言うくせに危機には敏感で、禁忌の森に強い魔獣が出る気配をいち早く察した。
土方は正体不明な使い魔と信頼関係を結ぶほど、柔軟には出来ていない。
「…だってあいつ、分かんねェ」
「………………………」
「何考えてんのか、どこから来たのか、どんなんなのか」
禁忌の森で出くわした時にはモンスターに追われていて。
それから二度目に会ったときには無理矢理契約を結ばされていたのだ、分からなくて当然だろう。
それから強引に引きずり回され、ずっと銀時のペースでやってきた。
その中でただ流されまいと必死に踏ん張って嫌だと突き放し、自分を守っている。
それのどこが悪いのか、開き直る気持ちを神楽には言うつもりもないけれど。
「あいつがあんな風に現れなかったら、たぶんこんなイラついてねェぜ」
「むー。でも嫌いじゃない?」
「それも含めて分からねェって」
苦笑する土方に、神楽は不満そうに唇を尖らせたのだった。
葦原 瑞穂