そんなもの信じるほど子供でもないし初心じゃない。
だけどいつもより落ち着かない気分になるのはどうしてなのか。
ちらつく雪が校庭を覆うと、誰の足跡もないそこへ走り出したくなる気持ち。
同時に立ち止まって誰かいないかと振り返りたくなるような感覚もまた。
毎年、この季節になると幸福感と一緒に寂寞の想いも抱えるのだ。
「だから舌を入れるんじゃねェェェェ!!」
「えー…これがダメならえっ」
「ふざけんなァァ!! 誰がテメーとなんかヤるか!!」
「じゃあちゅーしかないけど」
ドゴ、と鈍い音がして間延びした声が止む。
代わりに肩で息をつく呼吸音が室内に響いて、寮内で惰眠を貪る生徒たちはまたかと重い目蓋を持ち上げた。
ここのところ目覚まし代わりに発せられる大声に、遅刻する生徒が激減しているというのは校内でも有名な話だ。
そこかしこで起き上がる姿を目端で捉えはすれど、認識まではしない。
額に浮き上がった青筋をぼんやりと見上げた銀時は、尻尾で自らの頬をするりと撫でる。
痛みはないはずなのだが、そこへ尻尾を当ててしまうのはご愛嬌というものだろう。
土方は上気した頬を隠すように手の甲を唇に当て、ぐい、と拭った。
「あ、マスターそれは俺でも傷つくよ」
「テメェが傷つくんだったら幾らでもそうしてやらァ!!」
「えー、あ、ちょ、そんな強く拭いたら切れちゃうってーの」
ゴシゴシ勢いに任せて拭った唇は既に赤く腫れ上がり、痺れるような痛みを訴えているがしかし。
口内に残る銀時の舌の感触が中々消えずに、土方は舌を噛んで上書きする。
一度舌を絡めるキスを許してしまえば後はなし崩しに毎日同じことを施されてしまって。
抵抗はすれど銀時とのキスの後、体の倦怠感や不調が消え去るから困るのだ。
受け入れてはいけない、これではまるで利用しているみたいだと頭では分かっているのに。
(それでも良いって言うから…)
銀時は土方の逡巡をどう悟ったのか、マスターが楽になるならそれで良くね?と告げたのは意思を隠した瞳。
キスできんだったらかまわねーよ、そう言われて喧嘩に雪崩れ込んでしまえば、有耶無耶になってしまうが追求することもできない。
土方は日に日に浸食してくる得体の知れない使い魔に振り回されて、心底一人になりたいと思う。
(何でこんなもう、頭ぐちゃぐちゃじゃねぇか!!)
ぐ、と噛み締めた唇を解く親指。
跡の残るそこを丁寧な仕草で撫でると、眼前を銀色の髪が支配して柔らかい感触が唇に落ちた。
ペロリ、粘膜が表皮を辿って痛みが消える。
次いで塞がれた唇へ尖らせた舌が入り込み、折角消した感触をもう一度呼び覚ますから、土方は目を瞠って銀時を突き飛ばした。
「何しやがんだテメェェェェ!!」
「銀さんマスターが傷つくの嫌いだからね。もう唇痛くないでしょ?」
「…………………………………」
それは確かに銀時の言うとおりなのだけれど。
「わざわざ口合わせることねェだろうが」
「キスって言えないところがマスター十四郎君の可愛いところだと思います」
「キツネ鍋にして定春に食わせるぞテメェ」
「…だって、呪文唱えるよりこうしたほうが面倒くさくないし、ちゅーも出来るし、一石二鳥じゃね?」
「おま、マジでいい加減にしろよ? 使い魔が主人からかうなんて冗談ごとじゃねェ」
「へ? 銀さん本気だけど。呪文唱えるより簡単だから」
「そっちじゃねェよ!!」
怒鳴る土方へ銀時は訳が分からないと首を捻る。
土方はまさか自分とキスがしたいのかと詰め寄るわけにもいかず、ぎりぎり奥歯を鳴らして引き下がった。
契約解除も出来ない、従わせることも出来ない、これでは先が思いやられると、秀麗な顔をこれ以上ないくらいに歪ませる。
顔を覆う手のひらに塞がれた視界、甲には未だ仮契約の紋章が刻まれ、ぼぅ、と淡く輝いた。
* * *
授業の合間、いつもより騒がしいのはきっと、クリスマスパーティが近いからだ。
魔法使いじゃなくとも特別な意味合いを持つ一日は、生徒たちだけでなく教師たちも浮き足立たせている。
それは、一年で一番盛大に開かれるパーティということもあるのだろう。
クリスマスイブから当日にかけて夜を徹して行われるパーティは自由に、そして大規模かつ厳かに。
校庭に植わる大きなモミの木は樹齢すら分からぬほど立派なもので。
その木へ、魔法を使い各寮の生徒たちがデコレートしていくと、クリスマスパーティの始まりとなるのだ。
木の天辺へ付けられるのは魔力が凝縮された魔石、星の輝きと似た光で辺りを照らす特別なもの。
今年は誰があの魔石を取るのか実しやかに噂が飛び交うのも、毎年の光景。
それと共に、誰とパーティに参列するかが一番の問題だった。
パーティは二人一組での入場となり、相手は男女でも人間同士でなくても構わない。
つまるところ、同性だろうが使い魔と出ようが自由ということなのだが、やはり気になる相手と参加したいというのが皆の本音なのだろう。
魔石の行方に興味を向けているその裏で、誰と誰がペアになったか探りをいれる会話がそこかしこで交わされていて。
「…うぜぇ………」
辟易した表情で肩を落とす土方へ、すかさず桂が側に立った。
「今年も近藤先輩と出るのか?」
「いや、どうだろうな。近藤さんは志村にまた誘いかけるみたいだぞ」
「去年もそういってフラれていただろう」
去年の近藤は最悪だったと言っても過言ではない。
そもそも面倒ごとが嫌いな土方は、一時前の謹慎処分をいいことにクリスマスパーティにも出席しないでいようと密かに決心していた。
しかし案の定志村妙に振られた近藤は、既に他のパートナーを見つけていたバブルスと出るわけにも行かず、土方に泣きついたというわけである。
今年も懲りずに志村を狙うと豪語している近藤が振られる可能性は高い。
というよりも結果は限りなく見えているわけだが。
「近藤さんとだったらまァ、いいけどよ」
「随分歯切れが悪いな。この間の北大路先輩からのメモのことが関係しているのか?」
「…耳が早いな」
「というか目の前で魔法解除されれば否が応でも見えてしまう」
「…………………………………」
「で? どちらと出るのだ」
「桂、テメェ楽しんでるだろう」
未だ制服のポケットに仕舞いこまれたままの紙片を持て余して、土方は頬杖をつく。
背筋を伸ばして、姿勢だけは良い土方にしては珍しい格好、桂は楽しそうに頷いた。
不良生徒とは銘打たれていても、顔の造作、性格に実力の高さゆえ一部の生徒から熱狂的支持を受けている土方へパーティの誘いが方々から掛かるのも当然のこと。
それは去年とさして変わらぬ光景だったのだが、今年は少し様相が違う。
北大路から渡された紙片に書かれていた文章が土方を悩ませる一因で。
今年のパーティには是非ペアになって欲しいと書かれていた紙片の返事をしていないのだ。
「っつーか男から誘いっておま、断り方分かんねェだろ」
「しかし、返事をしなければ向こうも困るのではないか?」
「…困るって今俺の方が困ってんだよ。んで男に誘われんだ……俺あいつのこと何も知らねェぞ」
「北大路先輩とは寮も違うからな。南戸先輩と仲が良いと聞いたが」
「どっちにしろ誰だよ」
がっくり項垂れた土方に、桂は顎に手を掛けて首を傾げる。
桂とて寮が違えばそう詳しく知っているわけではない、だが北大路と南戸といえばそれなりの実力者として校内に名を馳せているはずだ。
土方の知らないと言う言葉が不思議でならない。
「俺ァ番付に興味ねェんだよ。授業でどれだけ評価高くたって実戦となりゃ使い物になんねェだろ? だから校内ランキングとか見てねェし」
「俺とてランキングには興味ないが、名前くらいは知っているぞ」
「…お前、名前だけ知ってる奴とパーティ行けるか?」
「む………」
唸る桂に土方は冷ややかな目線を投げかけると、エリザベスへ視線を移す。
相変わらず能面のような表情で佇むエリザベスへ、相手は決まったのかと尋ねれば。
桂さんと行きます。
プラカードを掲げて心なしか楽しそうにしているのに、土方は吐息する。
「クリスマスなんてなきゃいいのに。今年は欠席すっかなー…」
呟かれたそれに教室中の空気が止まり、好奇の視線が投げかけられる。
校内でも目立つ存在なだけに、動向が注目される土方のパートナーともなれば噂の中心でもあって。
それが欠席となればどれだけの女生徒が嘆くのか、他人事のように考えた桂は自分の好奇心もあってか、気軽に出席を勧めたのだった。
葦原 瑞穂