scarecrow/2〜冬の攻防戦 05



結局辿り着いたのは何とも古典的な方法で、銀時の舌に噛み付くと言うものだった。
上顎を舐められて、舌を絡めて吸われて、合わせたくちびるの中から混ざった唾液が立てる音が響いてくるせいで、土方の脳内は赤く煮える。
どうしてこんな目に遭わなければならないのだ、と一つ脳内で叫ぶと、思い切って銀時の舌に歯を突き立てた。
そのはずなのだが、がち、と硬い音が鳴って口内に振動が走る。
上手く逃げおおせた銀時の舌は再度戻ってくると思うまま口内を蹂躙して、土方が息苦しさに目を回す頃漸く離れた。

「ゴチソウサマでした」
「……………………………、……」
「今日喉痛かったりした? 風邪気味だったでしょ」

ぜぇはぁ肩で息をして答えずにいる土方に、銀時は続ける。

「もう大丈夫なはずだけど」

ん?と顔を覗き込まれて喉元に手のひらを当てた。
言われてみればすっきりしたような気もするがしかし、あ、あ、と声を出して確認すれば、はっきりと声が通る。
心なしか体も軽くなっていて、土方は銀時を見上げた。
銀時は土方の疑問を正しく汲み取ったようで、覗かせた赤い舌を指差すと。

「使い魔とマスターは一心同体だからよ、繋がれば分かるってこういうこと。本当は体ごと繋げちゃえばこんなことしなくても分かるんだけどねェ」
「…絶対ェ嫌だ」
「ま、朝見たときから顔色悪いから気になってただけ。元気になりゃ俺も嬉しいから」
「…………………………………」
「薄着してるから風邪引くんだっつーの。もっと着なきゃダメだって」
「動きにくいから嫌だ」
「おま、あれもこれも嫌って我侭過ぎるんですけどォォォ!! 何、好きな相手に甘えたいってこと!? なら良し、むしろドンと来いッ。銀さんのこの広い胸に抱きつけばいいと思います」
「作文ン!?」

くわ、と歯を剥いた土方の額にくちづけて、銀時は笑う。
土方は漸く動けるようになったことに安堵し、離れようと身を起こした。
銀時は不本意そうな顔をしながらも手伝い、側に落ちたままの杖を拾ってやる。

「やっすいラブシーンはもう終わりアルか?」
――――――!?」
「キスくらいじゃ最近の女の子は満足しないネ。もっと絡めよコンチクショー」
「や、銀さんも下半身ごとがっつり絡みたいのは山々なんだけどね。やっぱりそこはホラ、気持ちが通じてないと訴えられちゃうから。訴訟とかホントもう勘弁してください」
「大丈夫ヨ、トシちゃん満更じゃなさそうだったアル。嫌ヨ嫌ヨも好きのうちネ」
「マジでか!!」

酢昆布を噛み締めながら親指を立てる神楽は、しゃがみこんで土方の顔を覗き込んでいて。
他意もなく言われるのが我慢ならず、思い切り起き上がった土方は銀時の顎とぶつかってしまう。
鈍い音がして眼前に散った火花、痛みに涙目になりながら土方は突然現れた神楽を見遣った。

「い、いつから見て……っ」

物理的攻撃が効かない銀時はポリポリ顎を掻き、そうだよーと抜けた声を出す。
いちゃついてたのに邪魔すんなよ、軽々言ってのける銀時を黙らせて、土方は立ち上がった。
袖でくちびるを拭いながら染まった頬を隠し、どうしてここにいるのかと尋ねれば、見えたからと。
中庭で遊んでいる土方と銀時が見えたから抜け出してきたのだという。

「サボったって、何で」
「だって構造学つまらないヨ。あんなの覚えなくても魔法使えるネ」

つまらないからと言って抜け出してきて良いかと言えばそうでもない。
しかし、けして優等生ではない土方からそれを伝えたところで神楽は納得しないだろう。
土方は引き攣った口元を結んで、盛大な溜息を吐いた。

「トシちゃん遊ぶなら混ぜて欲しいアル。私もトシちゃんと銀ちゃんと戦いたいネ。だからホラ、定春引きずってきたヨ」
「……いや、俺たちは遊んでるんじゃなくて罰で掃除を」
「どこ掃除したの? きったないままヨ。男はずぼらでいけないってマミー言ってたネ。片付けた先から汚しまくってホント腹立たしくて仕方ないアル。さ、勝負ヨ!! 定春〜」

カモンヨ、ホァァァ〜と呼気を吐き出し、構える神楽に土方は肩を落とすしか出来なくて、銀時を神楽の前に差し出す。
勝手に遊んでくれ、欲しいならこれやる。
疲れた面持ちで額を抑える土方に、神楽はつまらなそうにくちびるを尖らせて定春に跨った。
定春の呼吸が空に溶けて、白く膜が張っている。
ふと、神楽を見上げれば随分と薄着をしているようで、土方と同等かそれ以上の服装に疑問を抱いた。
土方がこれだけ寒いのだ、ということは神楽もかなり寒いのではなかろうか。

「オイ、神楽。お前そんな格好で寒くないのか?」
「寒かったアル。だけど定春いるから平気ヨ、ふかふかで暖かいネ」
「…………………………………」
「トシちゃんなら触っても許すアル」

抱きついてみるヨロシと定春を土方の側に寄らせ、自分は長い毛並みの中に埋まる。
定春は神楽の言いつけに従って大人しく、ふさふさと白い毛に誘われて土方は前足に体を寄せた。
ふんわり包み込む毛が温かい、更なる暖かさを求めて定春へ腕を回せば。
手触りの良いそれにほっと一息、力を抜いて。

「神楽…俺の使い魔と交換しねェ? コイツあったけェな」
「えー銀ちゃんと交換するアルか?」
「俺コイツが良い」

もふもふ毛並みをいじりつつの台詞、真っ先に反応したのは銀時で、土方の襟首掴んで引き剥がしてしまう。
苦しさを感じて寄せた眉根も不機嫌な眼差しを前に効力をなさずに。
想像以上の怒気を感じて土方は固唾を飲んだ。

「ダメだよ。オメーは俺のマスターだから。勝手に放り出すんじゃねーよ」
「俺、俺ァ納得してねェぞ」
「ンなもん後から幾らだってすりゃ良い。俺に選ばれちまったんだ、他の使い魔持つなんて許さねーからな」
「そんな無茶苦茶な道理通ると思ってんのか!!」
「道理なんてもんは通るんじゃねェ、通すんだよ」

泥水のような銀時の瞳がキラリ、色を変えて土方を捉える。
視線だけでこうも圧力を受けたの初めてで、肌が粟立つのを摩って抑えた。
まるで脅迫を受けているかのようなそれを睨み返す、気丈な瞳。
交錯した視線に先に折れたのは、力を抜いた銀時で。

「あんま他のヤツに抱きつくなっつーの。抱きつくならホレ、銀さんのとこに来なさい。むしろ来てくださいお願いします!!」
「アホか!! んでテメェんとこに行かなきゃなんねェんだ気持ち悪い」
「照れなくても結構ですよ! 銀さんはアレ、ほら抱きしめて暖めてあげようとしただけで色んな所触ろうとしたわけじゃないから」
「色んなところってどこだァァァ」
「え? 言っていいの?」
「ダメだ、ふざけんな黙れ変態」
「ちぇ、触りながら教えてあげようと思ったのに」

不埒なことを呟く銀時に土方は自分の体を抱えて距離を取る。
真意の掴めない使い魔に対して、主人であるはずの土方の分が悪い。
どうしたってペースに巻き込まれる歯がゆさに舌打ちして、土方は自分の髪を掻き混ぜた。
この使い魔は危険だ、色濃い予感に包まれた土方は銀時を睨む。
すると銀時は飛び上がり空中で一回転、白い煙に包まれて落ちた。
晴れた先には定春と同等かそれ以上の体躯を持った大きな狐が現れて。
それが銀時だと気づいたのは、巨大な狐が喋ってからだった。

「これなら暖かいでしょ? おいで」
「…………テメェ…銀時、か?」
「名前、初めて呼んでくれたね。嬉しい」

ニィ、赤く裂けた口、中に覗くのは土方の腕と同じくらい太い歯。
噛まれでもしたら腕の一本容易く持っていくだろう獰猛さを感じて身震いする。
動けずに放心した土方を抱き寄せる尻尾は、小さな狐の感触と然程変わらないけれど。
今までやる気のない目をしていた男と同一だとはどうしても思えずに。
逆らわずに銀時の毛並みに治まり、背中に乗せて尻尾に包まれた。
たん、と跳躍して体に掛かる重力。
体に掛かる圧力が消えた頃には、校舎が豆粒ほどに見える高さにいて。
杖で飛んでいたときにも体験したことのない高さに硬直した体、ぎゅ、と銀色の毛並みを掴む。

「こんなとこまで来ても寒くねーだろうが」
「…………………………………」
「銀さんの毛並みは自慢だからね。これチャームポイントだから」
「くるっくるのくせに何言ってやがる」
「それが可愛いって銀さんの中で評判だよ」
「どんだけ狭い流行なんだよ!!」

確かに銀時の毛並みは上等なもので、手触りのよさに擦り寄れば暖かい。
天気の良い日にこんな毛並みの中で昼寝をしたらさぞかし気持ちが良いだろうな、と思いながら首の辺りを撫でた。
銀時は土方の倍以上ある体躯を擽ったそうに捩じらせて、首はやめてと笑う。
こうして獣型を取っていればそれなりに可愛げがあるのに、そう考えて止まった。

(可愛げって何だ!! こいつに何されたか忘れそうになったぜ、危ねェェェ)

うっかり納得しかけた自分を戒めて、土方は頭を振ってやり過ごす。
けれど指先に絡む長い毛の心地よさは、否定しようのないものだった。















−つづく−

BACK  INDEX  NEXT 

葦原 瑞穂