scarecrow/2〜冬の攻防戦 02



使い魔寮は扱うものがものだけに厳重に管理されているので、抜け出してくるのは不可能に近い。
そもそも使い魔が抜け出すということ自体が異例なのだが、その警備を掻い潜って土方の元に訪れる銀時は何だというのか。
自分が問題児である自覚はあるが、銀時を脱走させていると学校側に思われるのは非常に腹立たしい。
土方は銀時を呼んでもいなければ、使い魔として認める気など毛頭ないのだから。
ちっとも信頼関係のない自分たちよりも、近藤のところのように例え会話は出来なくても仲が良いほうが良いと思ってしまう。
この際使い魔がゴリラでも、と的外れな見解を固める土方に、近藤がしかしなぁと遮った。

「トシの使い魔は人型なんだろ? だったら寮につれて帰っても良いんじゃないか?」
「…アレは人型っつーか狐なんだよ」
「え? でもこの間お妙さんと柳生の使い魔と話してたぞ? それに俺のバブルスとも話してたし」
「使い魔同士は喋れるらしいぜ、近藤さん。そんなの理由にならねェよ」
「俺とも話したし」
「ちょ、それ聞いてねェぞ!! 何の話したんだよ」
「や、トシの使い魔ですヨロシクーって」
「何勝手にアイサツしてんだアイツゥゥゥ!! 俺の母ちゃんかってんだクソが!!」
「とても丁寧だったから。つい、トシをヨロシクって言っといた」
「言っといたってそんな…」

眩い笑顔で言われても、うっかり芽生えた殺意をどうしてくれよう。
土方が親友に対して初めての黒い感情に振り回されていると、近藤はだから大丈夫だと楽観的に言う。
確かに生息数の限られた人型の使い魔に限り、寮に連れ帰って一緒に生活できると言う特例があるにはあるのだが、それでも望まなければ使い魔寮に戻すのがきまりだ。

「とにかく、俺ァアイツの存在に迷惑してんだよ。今日だって使い魔契約破棄しに行く予定なんだから」
「そうなのか? 勿体無いなぁ結構強いって噂なのに」
「噂だろ、ただ単に」

銀時が土方と契約を結んだその日に自分の能力を口にしたのは既に、学園内では知らぬ者がいないほどで。
特に強大な威力を持つ古代魔法が使えるとの触れ込みは瞬く間に校内に広まってしまったのである。
おかげで土方は実技の時間中好奇の視線に晒されることになり、目つきの悪い顔が普段よりも数倍迫力を増した。
土方自身実技は得意なので銀時の手助けは皆無に等しくて、それだけに周囲の興味は日に日に膨れ上がっていく。
一挙一動に視線が集まる毎日に、土方の脆い堪忍袋の緒は今にも切れてしまいそうだった。

「俺ァ普通の使い魔が欲しいんだよ」
「そういうもんかなぁ」
「そういうもんだ」

納得しがたい表情を浮かべる近藤を無理矢理納得させる。
近づく校舎に、土方が速度を上げようとすると、近藤が進路を変更して。
思わず引き留めれば、使い魔寮にバブルス迎えに言ってくると返事が返ってくるから。

「じゃあ先に行くな」
「おー、また学校でなー」

手を挙げて別れ、土方はこの寒さから逃れるべく校舎に急いだ。
どんよりとした空を飛びきって着いたのは屋上で、風に攫われるローブを抑えて扉へと急げば。

「おはよう、土方君。屋上から登校とは感心しないな、ちゃんと玄関から登校するべきだと思うが」
「…………………………………」
「しかも一人のようだが、君の使い魔はどうしたのかな」

煩いヤツが出てきた、と寒さで痛む頭を抱える。
寒くて一秒たりともこんなところにいたくないというのに、扉に立ち塞がれては入れない。
土方は苦々しい気持ちを隠すことなく表情に出して舌打ちした。
キラリ、光る眼鏡をかけた神経質そうな男は伊東、土方の同級生でクラスメイトである。
土方の舌打ちにくちびるを笑みの形に歪めると、一歩近づいてきて。

「今日から使い魔同士の実戦もあるそうだが、楽しみにしているよ。君と、当たると良い」
「こっちは願い下げだ」
「おや土方君ともあろう者が敵前逃亡か? 珍しいこともあるものだ」
「…………………………、…」

くい、と眼鏡を人差し指で上げて囁く響きには睥睨、慇懃無礼なそれに土方の片眉が上がった。
涼やかな物腰でさらりと人を見下す伊東は土方の嫌いなタイプで、出来れば関わりたくない相手である。
だから教室でもそれとなく無視し続けてきたのだが、伊東はどうやら気に障るらしく良くこうして絡んでくるのだ。
去年逃した使い魔召喚魔法の件も、ずっとことあるごとに嫌味を言われ続けてきて。
使い魔を持つようになったらこれだ、と辟易して溜息を零す。

「話はそれだけか、だったらそこどけよ邪魔だ」
「せっかちだね、もう少しクラスメイトと打ち解ける気はないのかな」

小首を傾げる伊東に、土方がそんなものねェと言おうとした瞬間。

「マスターみっけ」

頭上からここのところ聞き慣れた声が降ってきたかと思えば、眼前に影が落ちた。
ふわ、と横切った白い着流しが土方の前に降り立つと、その下から蛙の潰れたような音が鳴る。

「ぐぇ!!!」

驚愕に瞠った目、暫くして呻き声を聞き入れて視線を落とすと。

「重、重いィィィ!! ど、どいてくれッ、土方君早く退くように言っ」
「…………………………………」
「十四郎先に行っちゃうんだもん。一回下探したんだよ。そしたらいなくてさ」
「…………………………」
「はや、早く土方君ッ」

銀時の足元でもがく伊東を見遣って、土方は呆然と立ち尽くしたまま頷いた。

「…初めてお前のことを役に立つと思った」
「え、ホント? やった!!」

犬のようにパタパタ揺れる尻尾に口元を緩めて、土方は銀時の胸を押す。
寒いから入るぞ、と促して、転がる伊東を放置したまま校舎へと足を進めた。
石造りの校舎は冷え冷えとしていたが、風の吹き付ける外よりはマシで、土方はかじかんだ指先に息を吹きつける。
暖かい吐息をかけてみてもすぐに冷えてしまう指先は真っ赤で、銀時は自分の手と見比べると土方の指先を捕まえた。

「ッ、何すんだ」
「さむそうだから。マスター暖めるのって使い魔の役目じゃね? これ役目ってことで良いよね」
「別に平気だ」
「でもうわ、こんな冷たいじゃん」

ううー、冷えると耳を垂らした銀時が、土方の手を包み込む。
じんわり移る体温にほっと息を漏らした土方は、振り払うことなどせずに。
されるがままにしているのに、銀時は嬉しそうに笑った。

「土方って冷え性?」
「…普通だ」
「銀さんこうやって毎日暖めてあげるね」
「うざい、歩きにくい」

口では文句を言うが、解かない限り今は許されているのだろうと算段をつけ、銀時は土方の手のひらを摩る。
摩擦で少し暖かくなった指先、人目につき始めると土方は辺りを見渡した。
さすがに屋上から降りてくる生徒はいないが、そろそろ特別教室がある階になりそうで。
箒で上がってくる生徒がいたら、目に付いてしまいそうで、土方は銀時から手のひらを取り戻す。

「もういい、離せ。前見て歩かねェと落ちるぞ」
「銀さん飛べるもん、大丈夫」
「人目があんだよ」

テメェといると外野が煩いと渋い声音の土方に、銀時は耳と尻尾を垂らして立ち止まった。

「ちぇ、つれねーの。少しは構ってくれたって良いのに」
「誰がテメェみたいなの構うかってんだ。ぜんっぜん俺の言うこときかねェし」
「えー銀さんかなり良い子だよ? 何かあったら絶対に守ってあげるからね」
「でっけぇお世話だ。テメェの身はテメェで守る」

キラキラ輝く目で見られたところで薄気味悪いものでしかなく、土方は銀時から距離を取る。
現在校内に娯楽という名の噂を振りまく二人の下へ次々と視線が寄せられ、土方は眉根をきつく寄せた。
立ち止まっていれば尚のこと目に付くらしく、ふらふら飛ぶ箒があちこちで見つかる。
内心舌打ちして歩き出す土方に、銀時は怠そうに欠伸を漏らすと、面妖な瞳を瞬かせた。
ふむ、と顎に手を掛け、足早に階段を降りていく土方の肘を強く引いて。
たたらを踏む土方をふわり、抱き上げて銀時が宙へ体を滑らせる。

「な……な…………ッ!!」
「俺が飛んだ方が教室に早く着かね?」
「良い!! 俺ァ歩くから下ろせェェェェェ」
「暴れないでよ。心配しないで、ちゃんと大事に運ぶからね」
「そんなの気にしてねェっつーの!!」
「ほら、銀さんの首にちゃんと手ェ回して。あ、ぎゅっとくっついてくれると嬉しいよ、銀さんが」
「お前がかい!!」
「んじゃ行くね〜」

力いっぱい突っ込む土方を受け流して、銀時は重力に遡って吹き抜けに身を置いた。
男一人を抱えているというのに銀時の体はびくともせず、中空を縫うように飛んでいく。
何も女にするように横抱きにしなくても、とは土方の弁で、上機嫌のまま銀時が目指すのは教室。
ぐさぐさ突き刺さってくる視線をどうするべきか、怒りではち切れそうな青筋を引き攣らせて息を吸い込む。
いっそ落としてくれ、そう思いながら土方は精一杯の迫力で怒鳴り散らした。

「人の話を聞けェェェェ!!!」















−つづく−

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葦原 瑞穂