だから嫌だって言ったのに。
合わないんだ、こういうタイプは、そう絶対に。
俺に力があるならこの場ですぐさま、こんなヤツ返還してやるってのに、もう!!
朝の定刻になると、時限式魔法が発動して寝ているベッドが持ち上がる。
強制的に起こされるベッドのおかげで目が覚めるって代物なのだが、土方には必要ない。
大体が目覚ましに発動する前に起床してしまうからだ。
今日も今日とて早くに目が覚めてしまった土方は、めっきり冷え込んだ空気に気づいて身を竦める。
(冬は布団から出たくねェな…)
本当ならばもう少し寝ていても差し支えないのだが、妙なところに几帳面な土方は眉間に力を入れると寝返りを打った。
いや、打とうと試みたのだが体が一向に動かずに。
まさかまだ夢の中だというのかと、訝しく思いながら目蓋を持ち上げると。
「――――――ッ!?」
眼前に広がる銀色に一瞬言葉を失う。
何だこれは、夢かと自問自答を繰り返して漸くしゃっきりした頭で答えを導いた。
ピキキ、と青筋が立った額、怒鳴ろうと思い切り息を吸い込んだところ、銀色の毛並みが揺れる。
ころり、寝返りを打ってこちらに擦り寄ってくる体。
「…………………………………ん…、」
気持ち良さそうにむにゃむにゃ口元を緩めるそいつに向かって土方は思い切り怒鳴った。
「ふざけんなテメェ何でこんなとこにいやがんだァァァ!!!」
固く握り締めた拳つきのそれに、目をまんまるにした男が呆然と瞬きを繰り返す。
悪びれずに二度寝しようとする男に今度こそ鉄拳を見舞って、土方は一気に上がった血圧を省みた。
びりびりと寮全体を震わせる怒声のおかげで、その日の遅刻者はいなかったらしい。
* * *
「ったく、テメェは何だって人の寝床に潜り込むんだ!! しかも毎日毎日…ッ」
「や、そこはやっぱマスターの側で眠りたいって言う使い魔のいじらしい気持ち分かって欲しいなーなんて」
「分かりたくないわァァァ!! つーか使い魔の寝床は別に用意されてんじゃねェかよ。飼育小屋に行け、小屋に」
「ヤダ。銀さん人型だから一緒に寝てもいいはずだもん」
ピコピコと業とらしく耳を動かす銀時に、土方は奥歯を鳴らす。
こんなヤツが自分の使い魔だと受け入れたくなくて、土方はぐっと拳を握り締めた。
大体銀時は通常の使い魔とは違いすぎて腹が立つ。
使い魔は本来主人の言うことに絶対服従で、余程のことがない限り逆らったりはしない。
形態も人型魔法、もしくは獣型魔法のいずれか変換魔法を使わなければ変わらないというのに自由意志でどうとでもなる。
種族も不明、と土方にとっては気に食わない事実が探せば探しただけあるのだ。
言うことを聞かない、やる気がない、天然パーマに死んだ目という神経逆撫でするような特性ばかりでどう可愛がってやれというのだ、どう考えても無理だろう。
「んじゃ空いてるベッドで寝ろ!! っつーかやっぱり小屋に行け。何でそんな小屋に行きたくねェんだ」
「えーだってあそこ動物いっぱいだしー」
「テメェもくされ狐だろ」
「話通じねェしー」
「この間神楽の使い魔と話してたじゃねェか」
「うん、定春と仲良いんだー」
「じゃあ行け」
「ヤダ」
「…………………………………ッ」
にべもない返事に今度こそ拳を飛ばせば、銀時は尻尾でもってその軌道を逸らして。
手が早いとくちびるを尖らせて土方に凭れ掛かってきた。
からかうように擽る毛先が額に触れて頬で遊ぶ。
ふわふわした感触に土方が片目を瞑って、首を傾げた先に銀時の肩。
うっかり肩に頭を預ける体制になって見上げた先、したり顔の銀時がいてくちびるを引き結んだ。
渾身の力で尻尾を握り締めて、余りの痛みに悲鳴すら上げられない銀時の横っ面を張り飛ばすと。
「触んじゃねェこの色ボケ狐ーッ!!」
ごしゃ、と鈍い音がして崩れ落ちる銀時に目もくれず、土方は杖を構えるとその上に飛び乗り、猛スピードで去っていく。
残された銀時は唯一痛む尻尾で自らの頬を撫でると、口の端を持ち上げた。
人の悪い笑みは誰も見咎めることはなく、銀時は赤い舌を出して笑って。
「意識しちゃって可愛いの」
あー、ガード固いのって燃える、そう不埒な台詞を銀時が漏らしていたとも露知らず、土方は校内の敷地まで杖を飛ばす。
あの馬鹿、アホ、変態、天パ。
尽きぬ罵詈雑言を胸の内で繰り返して歯噛みする土方は、銀時のペースに引き込まれがちな自分に舌打ちした。
ああいう手合いは反応をすればしただけ喜ぶのだ、できるだけ平常心でと思っても中々そうはいかない。
土方に忍耐力があったとすれば、去年とっくに使い魔を召喚できていたはずで。
あの時決闘を受けなければ、禁忌の森に入らなかったら。
たら、れば、を挙げ連ねればそれこそキリがない。
ただ今は浅慮な自分を苛立たしく思うだけで、乱雑に前髪を掻き毟る。
「あーくそッ、考えるだけでムカつく!! 今日こそ理事長のとこに行って解除申請してやる」
意思を固めれば頭も冷えてくるもので、自分と同じように登校する生徒たちとすれ違って。
厚手のローブを着込んだ生徒たちが箒に乗って飛んでいくのに、土方は首を竦めた。
銀時を殴った拳が熱い反面、剥き出しの首筋や手は冬の空気に晒されて真っ赤になっている。
他の生徒たちがローブ、マフラー、帽子に手袋と防寒装備万端なのに対し、土方はローブのみとかなりの軽装。
ともすれば季節外れの格好はポリシーでも何でもなく、ただの機能性を重視してのこと。
防寒具はどうしても身動きが鈍くなってしまうもので、土方は何より自分の思い通りに動けないことを嫌った。
それでなくても禁忌の森で秘密のバトルを繰り返しているだけに、一瞬の油断が大きな危機を招きかねない。
しかし、そう言い訳を述べてみたところで寒いものは寒い。
土方は自分の体を両腕で抱えると、すっかり紫色になったくちびるを震わせる。
「寒ィんだよ!!」
切れて大声を出したところでどうしようもない問題だ。
だがしかし、土方は八つ当たりのように舌打ちすると、ローブの前を掻き合せる。
相当な速度で飛んでいる土方ともなれば向かい風も強く、制服の間に隙間風が入ってきて一層に寒い。
がちがちと歯の根が合わない土方の横につけて誰か接近してきて。
気が立った状況で誰だ、と鋭い声を出せば、能天気な笑い声が耳を打った。
「おーおはようトシ、相変わらず寒そうだなぁ」
「近藤さん、おはよう。アンタは何か…そうだな雪ダルマ的な…ゴリ…じゃなかった防寒しっかりしてんな」
「あれ? トシ今ゴリラって言った? ゴリラって言ったよね」
「いや、そのー…アンタの使い魔は元気かって聞きたくて」
ゴリラと明言しかけた土方は慌てて話を逸らすと、土方の倍以上は服を着込んだ近藤が相好を崩す。
着膨れしてそれこそ服を無理矢理着せられたゴリラみたいになっている近藤は、動物好きらしく使い魔との仲も良好らしい。
自分とは正反対だ、と溜息を吐いた土方は何かの参考になりはしないか尋ねてみたのだが。
「俺のところは元気だぞ。この間もバナナもりもり食って腹下してたくらいだしな」
「…それ元気って言うのか?」
「しかもウホウホ言ってじゃれついてきてな、さすがに向こうの方が力強くて大変だったぞー」
「…………………………………」
そういえば数日前、近藤が使い魔に殴られて気絶したという噂が流れてきたが、もしやそれはじゃれ合いではなくて…と些かまずい方向に流れた思考を引き戻して、土方は曖昧な笑みな表情を浮かべた。
使い魔は基本的に主人に忠実なはずだ、たぶん。
己の使い魔を棚に上げてそう結論付けて、土方は箒の上で使い魔自慢を繰り返す近藤に更に質問を重ねる。
「近藤さんのとこは小屋に行くのにごねたりしねェだろ?」
「小屋って、使い魔寮のことか?」
「あぁ、そうだ」
近藤は手袋で覆われた指で頬を掻くと、あっさりと頷いた。
妙なことを聞くものだ、と視線で問うて来る近藤に、土方はしんなり眉根を寄せる。
普通はそうなのだ、一般の使い魔は通称飼育小屋、正式名称使い魔寮という場所で寝食をとることになっていて。
生徒が寮に戻る際には必ず使い魔寮に預けることが義務付けられているのだ。
そこには使い魔専用の施設、スタッフがおり、万全のケアを受けることが出来る小屋の印象をまるきり覆したものだったがしかし。
「俺んとこの使い魔は勝手に抜け出してくんだよ」
「トシの使い魔ってあぁ、あの人型の!!」
「昨日だってちゃんと預けたはずなんだけどな」
項垂れる土方に近藤は底の抜けたような笑顔を向けると、そう気にするなと無責任に言う。
気にしなくていいならしてねェよ、近藤に気づかれぬように呟いた土方はがっくりと肩を落とした。
葦原 瑞穂