scarecrow/番外編〜逃げたプレゼント 07



瞑った眼を開くと、ぼんやり煙る視界。
ほんの僅か先さえ見えぬほど夜の気配が近づいた時間に、不思議と銀時の姿はくっきりと映える。
間もなく月が上がれば、光に照らされて銀色の髪が輝くのは想像に難くない。
きらきらと、眩さとはまた違う、穏やかで冴え冴えとした光を含んだ髪は、不覚にも綺麗に見えた。
皆が寝静まった後時折、空へ滑りでては散歩を楽しんでいるのを知っている。
月光を浴びて空中を泳ぐ、自由な姿こそが銀時本来の姿だと思うも、一人で悠々としているのがどこか寂しく見えたのも事実だった。
背中に回る腕の力が幾ら強くても、今この時どこか遠くにいるような気がして。
恐る恐る背中へ辿らせた指先、着流しをぎゅっと掴んで引っ張る。

「マスター?」
「お前、ホントは何なんだ? でたらめじゃねェか、自由に魔界と行き来できるし、見たこともない魔法使いやがる。それに、俺に掛けられてた魔法だって」
「あー、あれ? あれは別にそんな難しいもんじゃなくて、マスターが夢の中身喋るのに合わせて逆回しに魔法を解いていっただけだもん。取っ掛かりさえ見つければ後は簡単」
「掛けられてんの気付かなかった魔法をそんな簡単に出来るもんかよ!」
「………」
「大体お前、あの理事長と知り合いみてェだし、何より特別扱いされてやがる。裏勘繰るのも当然だろうが」

尖った声音、知りたい気持ちをひた隠しにしてきたはずなのに、恨み言が止まらない。
興味ない振りをどれだけしたことで、過ごす度に深まる謎を追究せずにいられずに。
明確な答えがないことに気づいてはいても、口に出してしまった問いは戻せないから。
じっと待てば、銀時の手のひらが背筋を伝って項、後頭部へと到達する。
癖のない、性格そのものを現すような髪、感触を楽しむように差し込み、指先に絡めた所で、ゆっくり紡がれた言葉。

「マスターと俺はね、同じようでいて違うものだから」
「…………………………………」
「姿形、それ以外も似てるかもしれないけど、だけど…俺は使い魔でマスターは魔法使いだ」
「…………………………………」

不思議と似ていることに憤るより早く、柔らかい響きで齎された拒絶に胸の内が凍えた。
拒絶をしても、されることはないと信じ切っていた傲慢に身を焼かれそうなほどの羞恥を覚える。
思い上がりとはこのことか、と嫌な汗が浮く手のひらへ銀時の手のひらが伸びた。
契約印の浮く手を恭しく取り、唇が触れる。
途端、淡く光り出す印から魔力が流れこむのを感じて、痺れる体。
とろりとした液体で満たされると表現するのが正しいのだろうか。
魔力を注ぎ込まれるのはどこか快感にも似た感覚に晒される。
高い声が零れそうになって歯を食いしばり、銀時の背に爪を立てた。

「…………………………ッ」
「…マスターと俺はこうやって繋がってる。でも分かる? 魔力の違い。使い魔と魔法使いじゃ、魔力の質が全然違う。だから、俺達とマスター達が持ってる能力も当然違うわけ」
「ちが、う……」
「そう。俺達、ってかまァ個体差はあるけど、見えたんだよね、マスターに絡んだ魔法が」

手の功から手首、肘、肩へ向かって銀時の指先が螺旋を描いて昇ってくる。
夢で見た、黒いモノの毛が絡んだ場所を正確にトレースするような動きに、毛穴が開くような。
ぞわり、敏感な場所を逆撫でされるような違和感、思わず縋った背中、銀時は囁く。

「もう解いたって言ったでしょ?」
「…………………………………」
「あんなのは一瞬の悪い夢だから、もう絶対見せたりしないよ」

平気と、こめかみに唇を押し当てて、銀時は土方を抱えて飛び上がった。
慣れた浮遊感に縋る手から力を抜くと、体を離して銀時の瞳を見遣る。
妙に実感の籠った言葉を問い質そうとして止めた。
ペタペタと銀時の頬に手のひらを宛がい、温度を確かめる。

「お前、何か冷たくないか?」
「あー風冷たくなってきたねェ。寒い? なら温めてあげようか、体で。っていうか温めさせて下さい!」
「ふざけんなァァァ!! おまっ、ちょっ、空気読めよ!」

殴り飛ばしても銀時は答える風もなく、飄々とした態で土方の腰を抱くと肩口に顔を埋めた。

「オイ、ちょっと離れろ」
「ヤダ。今マスター補給中。今日ずっと傍にいてくんないんだもん。魔力足んなくなっちゃった」
「………」

ふわふわ揺れる銀色の髪に指を差し込めば、いつになく冷たい体温を訝しく思って。
平生の高い体温を知っているだけに、温度差がおかしい。

「魔力、足ンねェと冷たくなんのか?」
「…ん?」
「冷てェぞ、…顔色も、悪ィっつーか顔が」
「マスタァァァ!! それ以上言わないで、つかマスターと比べちゃ誰だってコンプレックスの塊になるでしょうが! 銀さんだってこれ、魔界では結構なモテモテフェイスだったんだからね」
「モテモテフェイスって…、そうじゃねェよ。顔つきがいつもと違うように見えたから」

言えば、銀時は少しだけ困った風に、けれどすぐに嬉しそうに口元を綻ばせる。

「意外とさ、銀さん愛されてるね」
「あ? 何夢見てんだアホかお前」
「アホになるほど夢、見たいわマジで」
「いっつもぐーすか寝てるヤツが良く言うな。テメェ一日の半分以上寝てるだろうが」
「うん、マスターの隣だと良く寝られるもん。夢も、見ずに」

柔らかく笑み、土方を守るように回された腕に手を添えて、伸びあがった。
目を丸くして顎を引く銀時の前髪を捕まえてぐい、と引く。
鼻先が触れるほど近くに顔を寄せて、額を突き合わせた。
何か言おうとして唸る土方に、銀時は不思議そうに目を瞬かせている。
言いたくないことを口にしようとしているからだろうか、眉間の皺を一層深いものにして土方は大きく息を吸いこんで。

「動くなよ」

端的に言い放つと、間抜けに開かれた銀時の唇へ唇を重ねた。
勢い余って歯が当たり、痺れた痛みが広がっても離さずに。
貰った魔力を返せば、慌てて離れた唇。
素っ頓狂な声で土方を呼ぶ銀時に溜飲を下げ、もう一度問答無用で唇を合わせる。
一頻り離れようとしても結局は諦めたのか、土方を抱え直して合わせる角度を変えた。
うっすら開いた唇から濡れた舌先で土方の上唇を唆す。
緩く歯を立てられた下唇、開いたところを狙われて許した侵入。
逃げた舌を捕まえられてきゅっと吸われれば。
鼻から抜けるような声が零れて頬が熱くなるから。
これ以上みっともないことのないように堪えて、良いように遊ばせる。
どれほどの時間銀時に許していたのだろうか、呼吸が乱れて戻らぬようになって漸く。
解放された唇がひりひりと、風に撫でられれば濡れているのを知らされて。
親指の腹で拭えば、銀時の舌先が咎めるようにもう一度辿った。

「どうして?」
「……、あァ?」
「マスターからキス、珍しいね」
「……………別に」

ふい、と顔を逸らして居たたまれずに目を伏せる。
らしくない自覚はあるけれど、自分でもどうしてと聞かれれば理由が分からない。
感謝でもなく、意趣返しでもなく、ただ、銀時の顔色が悪かったから。
理由にもならない理屈が流れる思考、言葉を探して迷っている土方へ、銀時は苦笑して。

「理由なくてしてくれた方が嬉しいよ、マスター。やっと受け入れてくれる気になったの?」
「………は?」
「そろそろだと思ったんだよね。マスターの心の声聞こえちゃったから、これ、あれ、銀さんにべた惚れってことだよね。本契約いっちょ行っちゃう?みたいな感じでしょコレ」
「ち、違うわァァァァ!!」

土方の恥ずかしさを払拭するべく、きつく抱きしめられると銀時の顔が見えなくてちょうど良い。
存分に頬を染めて、眼前に晒された後頭部をがつがつと殴ってそれから。
頭を抱え込んで感じる体温が温かいことに安心する。
はたはた揺れる尻尾が嬉しさを表しているのを見つけて、唇で弧を描いた。
分かりやすく感情表現をする時もあるくせに。
底どころか何もかも分らない使い魔がこうして自分に馴染んでいる今。
どれだけ知ることが出来るのか、何も知らないままでいるのか。
けれどもう、いないことに違和感を感じてしまうくらい近くにいるのは確かだ。
せめて絆されて最後の一線は越えぬように、とどこか見当外れな決意を固めて星の瞬く空を見上げる。
深く息を吸えば、冷えた空気が肺を満たして。

「帰るぞ」
「そだね。あ、マスター神楽たちがね、謝りたいって言ってたよ。無茶苦茶やったからって」
「…………………………………」
「マスター?」
「お前、そう言えば透視魔法、くれてやるって言ってたな」
「あーあぁぁぁ、うん、言ってたねそうだね」

すっかり忘れてた、と言わんばかりに曖昧な相槌を打つ銀時の胸倉を捻り上げて後。

「寄越せ」
「……………へ?」
「あれ捕まえた奴が貰えんだろ? だったら誰にも捕まってねェんだから俺が貰っても構わねェだろうが」
「えええー…まァ良いけど、何に使うの?」
「………秘密」

絶対言わねェ、そう宣言すれば、絶対ェ聞くから聞きだすから、と銀時が息巻く。
ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す銀時から透視魔法せしめて、返す返さないの攻防戦。
杖に乗って逃げようとする土方を難なく捕まえた銀時が、獣型へ変化して背中に乗せた。
大きな背中の毛を握り締めて顔を埋める。
温かさと、柔らかい毛の感触を遊びながら、耳のある場所まで移動して。

「遠回りして帰るぞ」
「お腹すいてないの?」
「………………」
「だったらさ、もう少し高く、飛んで良い? 早く飛んでも良い?」
「…好きにしろ」

言うなり一瞬で後方へ流れて行く景色、杖で出したことのない速度に目が回るけれど。
銀時が一駆けするだけで幾つも超える山々が、空が。
目まぐるしく去っていくのが小気味良い。
いずれこれもまた、慣れていくのかと思えば、相当に絆されているような気がして。
吐いた溜息はとうに彼方へ。

「ねぇマスターおめでとうって言って?」

その申し出だけは、即答で却下しておいた。
振り回されてきた昨日までと今日、そしてこれからのことを考えてみても、これくらいは軽い意趣返しだろう。
分かりやすく項垂れてみせる銀時の頭を叩いて、もっと早く飛べ、と居丈高に下した命令。
了解の声の代わりに上がった速度、目を開けるのも困難な中で、慣れた体温が傍にあることに安心した。















−おわり−

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葦原 瑞穂