一閃させた杖、先端から走る雷光に目を焼かれて咄嗟に身を翻すがしかし、見越してか躱した先に氷の矢。
行く手を阻まれて舌打ち、構えた杖で簡易的な防壁を造るけれど追撃の手は緩まない。
背後、右、左と氷の矢が突き刺さり、身動き取れぬように畳みかけてくる魔法。
頭が弱そうな言動を繰り返してはいるが、桂の魔法は実践に強くて。
授業で度々対峙しているため良く知った実力から鑑みるに、今の状況は分が悪い。
防戦一方になりながら、反撃の機会を窺うけれど流石にそんな隙もなく。
さてどうしたものか、と視線を巡らせた先に白い影が過ぎった。
火花や雷撃が散る中での一瞬、幾らかの攻撃を覚悟して杖を振るう。
「balneum」
知り得る限りで一番簡単な魔法を詠唱すれば、程なく杖先から水が噴き出た。
威力の心許ないそれは、攻撃と言うよりはただの水鉄砲に近くて。
鼻で笑う桂へ、土方は満足げに口の端を持ち上げてみせる。
「何がおかしい」
「お前の大事なもんがピンチだが」
「何?」
風の刃に頬を切られながら土方は、もう一度杖先を揺らした。
桂は警戒したままゆっくりと杖の示す方へ視線を流す。
その先にあるものを認め、これ以上ないほどに目を瞠った。
ぼとぼと水を滴らせ、プラカードの文字を滲ませて立つ、エリザベスの姿が。
言葉を失い、呆然としたまま立ち竦む桂にすかさず杖を振りかぶって。
魔法を使うまでもなく渾身の力で殴りつけると、すぐさま走ってエリザベスも昏倒させる。
ぜぇはぁと肩で息をしながら、額を拭う真似をしながら動向を探れば。
「エ…エリザベス……っ、すまない!」
震える指先でエリザベスの方へ這う桂と、みみずののたくるような文字で「かつらさん」書くエリザベスと。
麗しくもないこともない光景に土方は、桂とエリザベスを並んで寝かしつけてみせる。
ありがとうと言い置いて動かなくなった桂にうすら寒いものを感じつつ、隣のエリザベスの服の裾を捲ろうとして。
紛れもない人の足許から脹脛にかけ、びっしり生えたすね毛を見遣り、そっと元に戻しておいた。
人には知らない方がいいこともある。
「しかし、こんな手に引っ掛かってこいつ…本物の馬鹿か?」
土方にしてみれば、使い魔のために体を張るなんて考えられない。
しかも、よく見ればあれはただの水で濡れているだけなのだ。
心配することもないというのに。
そこまで使い魔に心を傾けられる桂が分からないと、土方は溜息を吐いて。
添うようにして意識を失う桂とエリザベスを眺める。
少々行き過ぎているかもしれないけれど、これは使い魔と魔法使いのあるべき姿だ。
信頼が何よりの、昔から続く契約関係。
ふと、自分はどうなのかと顧みて頭を振る。
どうということもない、馬鹿げた過程で結ばれた契約など早く切れてしまえば良い。
自分が呼ぶべき使い魔は、銀時以外に確かにいたはずなのだ。
後少しで呼べるはずだった、土方と呼応する。
けれど、今となってはそれが、どんな使い魔だったのか想像しても描き切れずに。
終始脳裏を掠める能天気な顔を押し遣ろうとしても。
切れ切れに記憶が蘇ってきては安穏と笑っているから。
どことなく責められているような気分になって、だらりと両腕を垂らした。
「別に、気兼ねする必要はねェ」
言い聞かせるように紡いだ言葉は、思ってもみない儚さでもって静かな部屋に溶けて行く。
毒されてはいけないと思いこそすれ、絆されている自分がどうしようもない。
ぐるぐると回る思考は取り留めなく囚われて身動きも、呼吸すら覚束なくなっていれば。
「…マスター?」
「…………………………………」
「何かなしくなってるの?」
「…………ッ」
弾かれたように部屋の端を見遣り、気遣わしげに佇む悩みの種を見つけて、土方は応えもなく杖に跨った。
ふわり、重力に逆らって浮き上がると寒空の下へ逃げてしまう。
追いかけてくるような素振りも見せないことに少しだけ安心して、土方は飛び去った。
部屋に残された銀時は難しい顔で顎先を撫でると、転がる桂とエリザベスを爪先で小突いて。
「何で片っぽ濡れてんの? そんでこいつ何でちょっと笑ってんの?」
気持ち悪い、と顔を歪めて桂の上を踏んで行く。
悲鳴が上がったような気がするけれど意に介さずに、土方の消えた窓枠に腰かけた。
「あー…また逃げられちゃった」
何の感慨もなく紡がれた言葉はすぐに消えてなくなり、ぽつりと一人残される。
呼吸をする度細く吐き出される白い吐息が、外の寒さを伝えるけれど。
盛大に寒がって苛立つ主人は今、そばにいない。
捕まえに行こうかな、どうしようかなと悩むそぶりを見せて目蓋を閉じた。
杖に乗って飛んで行く前の、微妙な表情が気にかかる。
使い魔と魔法使いが僅か共有する感覚でもって知ったのは、土方が何か思い悩んでいるということだけ。
ポケットに忍ばせてある、ガラス玉を取り出して光に透かした。
きらり、反射して薄黄色に光る玉を親指で弾いて遊びながら。
「知ろうとすれば、出来るけど。したくねーってのもあるかな」
何もかも分かったらきっと詰まらねェだろ。
誰に言い聞かせるでもなく呟いて、弾いた玉を握りしめるとまた仕舞い込む。
魔法一つで出来ることを挙げ連ねればそれこそ、キリがない。
けれど出来ないことの方がどこか得難いものが多いのは気のせいではないだろう。
ままならないことを思い描いては零れる重く沈んだ吐息が愛しいのは、悪戯に年月を重ねて生きてきたからだろうか。
どれほどに時間が過ぎ去っても知らないことは生まれて行く。
それはとても尊いものだと思うのだ。
半分落とした目蓋の裏、遠い過去を映して瞬けば今この時。
「さァ、ぼちぼちマスター迎えにいこっかな」
窓枠を蹴って身を投げ出した中空、反転して眺める世界はもう秋の気配が深まっている。
暫くすれば土方と出会った季節へと。
初めて会ったあの時から随分絆されてくれたものだと、感慨深く思いながらの急上昇。
間もなく突き当る結界に爪先で触れ、僅かな綻びを辿った。
知った匂いの痕跡を消してゆっくりと綻びを修正する。
「出るにはまだ、早ぇだろ…」
以前よりも補強して見えぬように魔法をかけると、視界に収まる範囲をぐるりと見渡した。
土方を迎えに行く前に少しだけ散歩しても構わないだろうと空を駆ける。
景色が線となって消えて行くまで速度を上げて縦横無尽に。
人の形から獣へ戻り、走るようにして飛ぶ空が、風が気持ち良い。
爪で大地を割いて、咆哮で大気を震わせたのはいつ頃か。
日の光に瞳を焼かれ、ぱちりと瞬く。
唇の端から覗く犬歯を仕舞うと、今までの速度が嘘のように空に身を横たえた。
「……マスターのもんだよね、俺は」
銀時の元から去った土方は行く当てもなくただ、闇雲に杖に身を任せて漂って後。
どこに身を寄せることも考えられずに行き着いたのが、いつもの禁忌の森で。
皮肉にも銀時を拾った場所だと気づいたのは、森の奥に足を進めてからのこと。
何故か魔物の気配も遠く、魔法を使う機会がないことに少なからずほっとしながら腰を据える。
膝を抱えて額をつけば、自分の吐息が頬を温めて。
小さくなって眠ることなど、久しくしていないと思いながら、細く長く呼吸を繰り返した。
どうしてだか安心する体勢はしかし、窮屈なはずなのに止めることができない。
こうして眠った幼いころは彼方、ここのところ慣れた体温が近くにないことを、寒さのせいにして、土方はうつらうつらと眠りに引き込まれて行く。
眠りに落ちる現の時間でも夢を見るらしく、霞掛かる風景の中一人立たずむ土方の肩へそっと手が置かれた。
振り返り、誰かを確かめようとするが顔に靄が掛かり見ることができない。
誰だ、そう尋ねても答えはなく、代わりに肩へ置かれた手が黒色へ変化していく。
ぐ、と掛かる圧力に眉根を寄せて、必死に目を凝らす土方の視界。
伸ばされた手から獣毛が生え始め、絡むようにして腕へと。
不快に振りほどこうとしても適わず、声をだそうにも喉が潰れたようで悪戯に風の音が漏れるだけだ。
土方の肩を掴むモノの口らしきところが赤く割れ、聞こえてくる底冷えするような音は唸り声かはたまた笑い声か。
空恐ろしさに背筋を凍らせ、この場所に一秒もいたくなくて、咄嗟に縋った名前を一際強く脳内で木霊させる。
親でも友達でもなく、呼んだのは一番認めていないはずの、使い魔だった。
―――――― ぎ ん と き
一度呼べば素直に紡げる名前、繰り返せば目の前の存在が唇の形を笑みに象る。
刹那全身を駆け抜ける悪寒にぶるり、身震いして肩で繰り返す呼吸。
その名前、と地を這うような響きでもって齎された台詞に、土方は故意に呼ばされたことを知ったのだった。
葦原 瑞穂