親の目を盗み、こっそりと近藤の家に忍び込んだはいいが、土方たちの存在はとうに知られている。
何も言われないのは、ひとえに近藤の両親が広量だからだ。
子供たちのひそやかな楽しみを邪魔せずに黙認してくれている。
広い家ながらも温かい気配に満ちている家は、やはり近藤という人間を形成するに相応しい環境だった。
どこも暖房が利いているはずなのに、どこか寒々しい土方の家とは大違いだ。
それぞれが持ち寄った手土産を好き勝手に食い散らかした室内で、一息つこうとティーカップを取った土方を神楽が覗きこんでくる。
思いの外近いところにある空色の瞳を受けて、土方は仰け反った。
「な、なんだよ」
「トシちゃん、果たし状受けた?」
「果たし状?」
「雪合戦の果たし状ヨ! 学校でしつこく言い寄られてたヤツ、アレどうしたネ」
「あーアレは気乗りしなくてよ、燃やしちまったけど」
相変わらず底意地の悪い魔法が掛けられていた果たし状は、銀時の手によって解かれていたけれど、すぐに暖炉の灰にしてしまった。
いつもなら受けて立つところだが不思議と気が進まず、ここのところ伊東と北大路には関わらないようにしている。
不意に、爆ぜた薪に焼かれた頬が疼き、感触を打ち消すべく手の甲で幾度となく擦った。
「受ければ良かったのに。冬休みなんてヒマで仕方ないネ、ごろごろ寝てばっかり毎日長いアル」
「宿題があるだろ」
「トシちゃんが雪合戦するならわたしも一緒に戦おう思ったネ」
「スルーか、宿題はスルーすんのか。終わらなくても俺ァ手伝わねーからな」
「ねートシちゃん、果たし状受けるアル! わたし手伝うヨ」
「面白そうな話してますねィ、俺も混ぜろ土方コノヤロー」
「今わたしが話してるアル! お前は引っ込んでるヨロシ」
「何でェ、いいじゃねーか。俺だって暴れる場所が欲しいんだよ」
土方と神楽の間に割り込んだ沖田がむっつりと唇をへの字に曲げる。
毎日魔法実習がある学園とは違い、帰省していては思うように力を振るえず持て余しているのだろう、その気持ちは土方も理解していた。
土方もぶつける先が見当たらず、売られた喧嘩を片っ端から買っていただけに、神楽や沖田が抱える感情は通ってきた道だ。
しかし、理解は出来たとしても不満を解消する手助けをするかと言えば話は別だ。
最近の伊東と北大路はいつにない執拗さで土方を追い回し、決闘やら雪合戦を迫ってきている。
格別変わったところは見受けられないが、それでも僅かな違和感を覚えている。
透明な水に数滴の墨を溶かした傍目に見えない差異、曇りのない水に並べなければ分からないような、そんな。
己の直感を信じている土方は、力が有り余っているとはいえ易々と引き受けたくなかったのだが。
「尻込みするなんざ土方さんらしくねーや。二度と妙な真似できねェように叩き潰しやしょーよ」
大きな瞳を物騒に輝かせてそういう沖田に、土方は片眉を跳ね上げる。
完膚なきまでに叩きのめせば、しつこく戦いを申し込まれることもなくなるのだろうか。
銀時に振り回され、厄介な幼馴染と後輩に付き合わされ、休まる暇のない土方にとっては、魅力的な申し出だった。
穏やかな日々に甘んじるほど老成していないが、ゆっくりする時間は欲しい。
空いた時間があればあったで揉め事に引っ張り出される己の苦労性はさておいて、土方は小さく首を傾げた。
「まぁ、それもそうか。勝ちゃァいいんだよな。勝ったら二度と声かけんなって条件出せるしな」
「土方さんの厄介事も片付く、俺たちの暇つぶしにもなるってんで一石二鳥ってなもんで。あとは頃合いを見て負けりゃ完璧ですぜ、おっと口が滑った」
「オィィィ!! しれっと負けようとしてんじゃねェエエエ、何お前裏切ろうとしてんの? あっさり裏切ろうとしてんの? お願いだからちょっと殴らせてくんない、300円あげるから」
「嫌でさァ」
ぷいっと顔を背ける沖田の胸倉を捻り上げて、激しく揺さぶる土方の額に青筋が浮く。
冗談に他ならない台詞でも、沖田が口にすれば途端に信憑性を失うから恐ろしい。
現に負けず嫌いでも、土方をおちょくるためにワザと手を抜くくらいのことはやってのけそうだ。
何度も煮え湯を飲まされているだけにうっかりと口車に乗るわけにはいけないと、考えを改めようとした土方の頭上から圧力が掛かる。
首筋に回る腕と、頭に顎を乗せられて土方の体が大きくたわんだ。
「何なに、なんの話してんの?」
「重いわァアア ちょっ、お前人の頭に乗ってんじゃねーよ!!」
「えーだってマスターさっきから銀さんのことほったらかしにしてんだもん、寂しかったァ」
全く心のこもっていない棒読みで囁かれ、土方は無言で肘鉄を繰り出す。
クリーンヒットして僅かに隙間が出来るがしかし、離れようとしないのは土方の使い魔である坂田銀時だ。
物理的攻撃が利かないらしい銀時は、打たれた腹をボリボリ掻きながらもう一度、何の話か尋ねた。
伊東と北大路に申し込まれた雪合戦の話だと、端的に切り上げた土方の横から神楽が「雪合戦するヨ」と口を挟む。
俺たちも一緒ですぜ、と名乗りを上げる沖田の言葉を受けて、銀時の顔に微かな険が滲んだ。
「へぇ、受けることにしたんだ」
「そのつもりはねーよ」
「なんでェ土方コノヤロー、とんだ腰抜けじゃねーか。見損ないましたぜ、元から尊敬してねーけど」
「えー、トシちゃんやろうよ、わたしごっさ張り切るアル」
「そうでさァ、俺、土方さん、チャイナと旦那のチームドSでいきやしょう」
ビシ、と親指を立てて言い切る沖田に、神楽がお前はいらないネと蹴りかかる。
両腕を交差して衝撃に耐える沖田と次々攻撃を繰り出す神楽、激化していくバトルのせいで近藤の部屋が混沌に落ちていく。
慌てて仲裁に掛かる新八を余所に鷹揚な近藤は、ガハハと笑い飛ばすと土方の肩を抱いた。
「雪合戦するなら俺も混ぜてくれよ! 俺と桂とトシに銀時、チーム電波で行こう」
「電波ってなんだよ、つうかまだ受けるって言ってねェだろ」
「愛の電波を受信してます。お妙さんから俺に、俺からお妙さんに」
「そう、そして俺からエリザベスに、エリザベスから俺に。エリザベスゥゥゥ、異国の地で寂しくしてはいないか? チクショォォォ、冬休みなんてなくなればいいんだ!!」
手製のエリザベス人形を抱えて叫ぶ桂の肩を叩き、近藤が頷く。
分かる、分かるよとちっとも理解できない共感を分かち合っている二人の横で、それと気取られぬように距離を取った。
チーム電波とはあながち間違いではないのかもしれない、悪い意味で「電波」は正しいのではないだろうか。
近藤のことは尊敬しているが、こと恋愛面に関しては心の距離が遠く開く。
粘着質な純愛、いわゆるストーカー気質の近藤と、使い魔としても疑問の残る生物を慈しむ桂は相通じる所があるらしい。
噛み合わない会話を続けながらも、感覚を共有している二人はどこか楽しそうだ。
チームドSで、いや、チーム電波で行こうと詰め寄られた土方は、面倒くさそうに吐息を零して、「便所」とだけ答えた。
逃げるように部屋を出ていく土方の背中へ、おずおずとチーム常識人はどうですかと新八の声がかかる。
それならいいかも、と瞬間考えた土方は、懸命にも頷かずにそっと扉を閉めた。
「マスター銀さんもトイレ」
「…使い魔ってトイレ行くのか?」
「そりゃ食うもん食ってんだから出るでしょ」
「大かよ」
「小だよ! やだ、マスターってばそんなに銀さんのことが気になるの? 出すもんまで興味示されるってコレかなりの愛じゃね? 愛されてんじゃね? 大丈夫、銀さんもマスターの出すもんなら何でも受けとめる自信があるよ」
「そんな自信いらんわァアア!! 気色悪いんだよ、何が受けとめるだテメェ筋金入りの変態じゃねェか!!」
「最初に話振ってきたのマスターじゃん」
人型でついてきた銀時は、だらしなく頭の後ろで手を組み、尻尾を揺らめかせている。
口笛でも吹きそうに突き出た唇が腹立たしくて、土方はこれみよがしに舌打ちをして見せた。
「ったく、薄気味悪ィなテメェは」
「いやいや、アレでしょ? 銀さんだってアイドルじゃないんだから食ったら出るでしょ、飲んでも出るでしょうが」
「下ネタから離れろォォォ! 下半身の話してんじゃねェんだよ、存在そのものが胡散くせーって何回言ったら伝わるんだ!!」
「あーそっち? そんなの簡単じゃねーか、銀さんはマスターを愛するための存在です。これ以外の理由なんていらなくない?」
「むしろ存在そのものがいらねェ」
ふてぶてしい態度に辟易しながら、角を曲がって手洗いまで一直線に進む。
扉に手を掛ける直前で、柔らかい毛足の絨毯を踏み分ける土方の足がピタリと止まった。
お先にどうぞと促されるのに、土方は銀時を見遣り、些細な兆候も逃すまいと目を凝らす。
「お前、伊東と北大路の何掴んでいやがる」
土方が雪合戦の申し出に対して積極的になった時、心なしか銀時の気配が硬質なものに変わった。
先ほどだけでなく、帰省列車の中でも銀時は伊東と北大路に警戒心をあらわにしていた。
あのとき何が起きたのかは知らないが、少なくとも銀時は二人に魔力を行使したに違いない。
不自然な記憶の喪失と従順性、そして列車に乗り合わせた生徒全員が眠りに誘われたこと、どれをとっても銀時が糸を引いているとすれば辻褄が合う。
銀時が抱えているものはまだ打ち明けられないと言っていたが、こと自分が関わっているとすれば話は別だ。
なぜ伊東と北大路を遠ざけたいのかくらいは教えてくれてもいいだろう。
眼差し鋭く睨みつけてくる土方に、銀時はひたと視線を合わせたまま頬を掻いた。
「掴んでるっつーほどのことでもねーんだけど、なんか嫌な予感がすんだよね」
「勘か?」
「あ、信じてないでしょ。これでいて銀さんの勘て良く当たるんだよ? 行きたくねーなぁと思って行ったコンビニでジャンプが売り切れたとか、髪の毛がもふっとしてると思ったら雨が降ってきたとか、悪いのばっかり良く当たるんだよね」
「心底どうでもいい勘の良さじゃねーか」
「うん、でもなんかあの二人は今ちょっと嫌かなーって思ってんの。だってマスターは俺のだもん」
途端に飛躍した話題、一拍置いて我に返った土方は、真面目に答えろと銀時の横面を張り倒す。
わけの分からない会話の出口はいつものことだけれども、情報を隠されてばかりでは業腹だ。
葦原 瑞穂