「俺のマスターに手ェ出したら、いくら温厚な銀さんでも怒るよ?」
「な、貴様、は何…」
「怪我までは許す、けど…扱いも出来ねー古臭ェ魔法引っ張りだしてくんじゃねーよ」
すぅ、と眇めた瞳が煌々と赤く燃える。
心の奥底、裏側まで見通すような視線の強さに、伊東と北大路は揃って息を止めた。
小刻みな呼吸が脳内に響いて止まず、鼓動の音も煩い。
膝が震えて歯の根も合わず、動けないでいるのに土方が訝しげな眼差しを送る。
「伊東…? 北大路、先輩?」
「それとも、マスターぶっ壊したかった…?」
いけないね、と温度を失くした声音、背後で銀時が首を傾げる気配がして。
弾かれたように目を見張る伊東と北大路の顔色が一層に酷いものに変わった。
「オイ、顔色がすげェ悪いぞ」
「そりゃマスターに比べたら誰だって顔に自信ないから、そんなダメ出しするなんてどんだけドSなのマスターは!! でも銀さんは愛があれば顔なんてと思います。なのでマスターは銀さんを受け入れると良いよ」
「誰が顔の話をしたァァァァ!! っていうか誰がテメェを受け入れるかってんだコノヤロー。ンだよ、こいつら何でこんな真っ青なんだ。テメェ何しやがった」
「あああ、マスターまだ怪我してる〜。せっかく治療にかこつけてちゅーできるチャンスなので治させて下さい!!」
「アホかァァァァ!! させて堪るかコノヤロー、つーか俺の質問に答えろ!!」
「別にィ、銀さん何もしてないもん。マスターにかかった魔法外しただけだって。楽になったでしょ」
外したって、と自分の手のひらを仰向けて確認する土方は納得できないらしく、しきりに首を捻っている。
銀時の尻尾に頬を撫でられて、鬱陶しそうに手の甲で避けると、仮契約の紋章がうっすら光りを放っていた。
じっと眺めていると輝きを失う紋章、時折意味もなく発光するときがあって、逆の手のひらで撫でるがしかし。
特におかしいところもないかと、土方は銀時の拘束から逃れて胸倉を捻り上げる。
「いつまでくっついてんだコノヤロー、どこ触ってやがる」
「んーと、腰?」
「な・ん・で、疑問形かきっちりさっぱり答えてみろゴルァ、そんでもって何で触んのかも答えてみやがれ!!」
「それはね、マイマスター。これから他のところを触るからだよ」
「他ってどこだァァァァ!!」
「え、そりゃもう例えばし」
「死ねェェエエエ!!」
痛まないとは知りつつ捻り上げる手に力を込めてしまうのは、致仕方のないことで。
やる気のない顔でぶらぶら揺れる爪先が一層腹立たしさを掻き立てるものだから、土方は渾身の力で銀時の首を絞めたのだけれど。
物理的な痛みがないらしい使い魔は欠伸を一つ、大きな尻尾をふさふさと揺らして楽しそうにしている。
怒りに青筋が切れそうな土方を余所に、伊東と北大路の視線が銀時を呆然と見上げた。
「何者だ…お前、一体」
「あー? 何それ答える必要あんの?」
関係ないでしょ、と切り捨てた銀時がふ、と吐息を辺りに細く吐けば、揺蕩う布のように視界が歪み、重なる音が入り込んできた。
「トシちゃん、銀ちゃんどうしたアル!?」
「土方さん大丈夫ですか!?」
「トォォスィィィ!! どうした、俺のこと嫌いになったのかァァァ!? あ、あれか、お妙さんにも言われたとおりウザいか、ウザいのか俺は!! 控えるから、っていうか控えたらお妙さんも俺にメロメロかなぁぁあ!?」
「うわっ、何だ」
「うっさいゴリラ!! 何回生まれ変わってもノーチャンスネ、それよりトシちゃん怒ってるのカ、一緒に行かなかったから怒ってるんダロはっきりしろコラ」
「トッスゥィィ、そうなの!? おまっ、そんなに寂しかったのか!!」
「違っ、何言ってんだ近藤さん、それにチャイナ娘!!」
涙ながらに抱きついてくる近藤に突撃を食らった土方は、咄嗟に銀時を離してしまう。
ふわ、と宙に浮いた銀時が寝そべりながら揉みくちゃにされる土方を見下ろした。
突如として現れた闖入者たちに目を丸くした伊東と北大路は、糸が切れたようにその場に座り込む。
はっ、はっ、と獣のような呼吸が二人の口から絶え間なく続き、ぶつかった神楽が気持ち悪そうに顔を歪めた。
「トシちゃん何ヨ、こいつら」
「何って、伊東と北大路先輩だろ」
「そんなことは分かってるネ、いつからいたアル?」
「さっきからずっといただろ。俺の席の前」
「? 何言ってるの、さっきからトシちゃん一人でいたでしょ。私たちが話しかけても無視してたアル」
「は? 俺ァ銀時と伊東たちと…って、かなり大声で怒鳴っていたはずだぞ」
「嘘ヨ!! だって銀ちゃんそこに寝たままで、トシちゃんも窓に寄っ掛ってたネ」
「………………………」
どういうことだ、と顔を見合わせている神楽と土方の傍、脱力したままの伊東と北大路の前に銀時が胡坐を掻いて止まる。
怠惰に首の骨を鳴らしながら、重力を感じさせずに伸びをした。
銀時が指を鳴らすと一切の音も感覚も遮断されて、当たりの景色が白に変わる。
五感をすべて失ったらしく、銀時以外は何も見えないし感じない。
隣にいるはずの相手さえ気配を感じられなくて、二人は心細さに奥歯を噛み締めた。
「誰に教わったの、その魔法」
「だ、れが使い魔なんかの質問に…!!」
「答える以外の選択肢、てめーらにはくれてやってねーんだけどォ?」
「……………………………ッ」
「言っとくけど、嘘吐くとすぐに分かっから」
再度、誰かの手が入ったのか問う銀時へ伊東が目を逸らす。
君には関係のない話だ、そう答える合間にも伊東の呼吸が薄朱色に変わった。
呼吸をする度に吐息が目に見えて朱色に霞む。
驚いて覆った口、けれど指の隙間から糸のように這い出て来る朱色に動揺を隠せない。
「な、何だこれは…ッ!!」
「ウソツキ」
「……、す、すぐに止めろ、こんな気色悪いもの!!」
「嘘吐かなきゃ大丈夫だって言ってんだろーが」
「き、貴様何だ、これはどうやって」
「質問はいらない」
話せ、と空を滑る銀時の顔から表情がすっと消えた。
震える肩は次第に激しさを増して、見るも哀れなほど。
知らない、何度首を振っても口から朱色の空気は止まらず流れ落ちる。
思い当たる節のない伊東はこの現象が理解できずに恐慌に陥った。
「違う、本当に知らないんだ!! 僕はこんな、知らない。ただ図書室で古い蔵書を見つけて、それで…ッ」
「ふぅん、ま、いいや。ちょっと動かないでね?」
「…………ぼ、僕は何も知らない!!」
「あ、そー」
肩の骨を鳴らした銀時が人差し指を向けて真上に空を切ると、朱色の呼吸が止まる。
突風に煽られて飛んだ眼鏡に気を取られて、何も見えない視界に白が痛い。
腕で顔を覆いながら恐る恐る上目に窺えば、眼前に銀時の顔。
仰け反った背中、あるはずの背もたれもなく倒れた白の空間に、床と思しき場所に爪を立てた。
「しらない、んだ!!」
叫んだ伊東に鼻先を寄せ、匂いを嗅いだ銀時が刹那顔を歪める。
なるほどと呟いた銀時が指を鳴らすと、伊東の体ががくりと崩れおちた。
意識も何もかも刈り取られたようで、銀時がすぐ傍に立っても何の反応も示さない。
差し出した手のひらを伊東に翳して銀時が呟いた呪文、紺色を水で溶いたような光の球が生まれて伊東の額に落ちる。
「oblitus. 何も知らないならそれでいい、…んだけど、面倒くせーなァそれも」
がしがしと頭を掻く銀時の顔は既にやる気のないそれに戻っていて、吐いた溜息が何もない空間に満ちた。
伊東と同じことを北大路にも施して、銀時は空中でくるり、逆さに弧を描いた。
ぐ、と伸びた体、柔らかな毛並みの尻尾が前後左右に揺れて、銀色の光を帯びる。
ゆらゆらり、尾は不思議な律動を刻み、残像を引いて延びた。
不規則に揺らぐ尾は幾重にも重なり、ひときわ大きく振れてから力なく落ちる。
だるそうに擡げた腕の先、指がパチリと鳴って空間は一点に向かって収束した。
「オイ、テメェさっきからここにいたよな、こいつらが俺に魔法掛けてたの知ってるよな!!」
「えー知ってるけどォ。あれだよね、マスターが浮気してたってアレでしょ」
「してねぇぇえええ!! どこ見てそう答えんだコノヤローッ。めちゃくちゃ喧嘩売られてたじゃねェか!!」
「えええ、あれを喧嘩売ってるって取られちゃうんだ、そうなんだー…」
「何だ、テメェ言いたいことがあんならはっきり言いやがれ」
耳に指を突っ込んで呆れた顔をする銀時に、土方は口元を引き攣らせる。
元々が小綺麗な顔をしているだけに険しい表情をしていると、一層に恐ろしい。
けれど銀時はどこかうっとりしたような眼差しで土方を見つめ、固めた拳に手のひらを重ねて握りしめた。
「マスター怒った顔の方が可愛いね。何かねェ、ゾクゾクするんですけどォ」
「…………………………………」
「泣いた顔はもっと可愛いのかな。いつか見せてね、マイマスター」
「………………………ッ」
「今でもいいけど」
「テ・メ・エ…!! いい加減にしやがれ、この腐れ狐がーっ、もうお前ホント役に立たねェな!! つーか今まで立った試しがねェ!!」
「いつも優秀でしょ、マスターを気持ち良くすることにかけては」
全身に力を漲らせて怒鳴る土方に近づいて頬へ唇を落とす。
目を瞠って動きを止めた自分の主人に笑いかけると、銀時は艶やかな黒髪に両指を差し入れた。
葦原 瑞穂