舌の噛みそうな呪文を淀みなく唱え始めると、杖の先が光り魔法陣が朧気に輪郭を象る。
一日の長がある土方の杖先は、他の一年生の誰より早く陣が完成しそうでその大きさに周囲は騒然とした。
陣が大きければ大きいほど膨大な魔力を使う、その代わりに呼び出せる使い魔のレベルも上がるシステムで。
繊細な装飾が施された陣から呼び出される使い魔には期待できそうだ、と土方は相好を崩す。
詠唱呪文を半ば過ぎた頃だろうか、魔界とのゲートに接続も難なく完了、後は相性の良い使い魔を呼び出すだけだ、とスパートを掛けたころにそれは起こった。
講堂の屋根がない部分から光る何かが落下し、床に凄まじい衝突音を立てて煙を上げる。
辺りの生徒からは悲鳴が上がり、詠唱が途切れたことで下級魔族が幾つも召喚されていた。
土方はと言うと、驚きに目を瞠ったものの詠唱は止めずに続けている。
一年にいる心臓に毛が生えた何人かも、詠唱をしながら見学に行く始末だ。
(召喚が終わったら、あの雑魚倒させてくんねぇかな)
悠長なことを考えていると、もうもうと立つ煙の中から人影が現れる。
いてて、と言う辺り、落ちてきた物体なのだろうか、視線を送ると土方の魔法陣がぼぅ、と光った。
召喚できる、と気付いた土方がすぐさまその人物を思考の外に放り投げ、魔法陣に注視すれば大声が耳を打つ。
「あ――――――ッ!! その召喚ストップ!! ちょ、タンマ!!」
土方へ向けて走ってくる人物はどうやら男のようで、その体全体をぶつけて詠唱を止めた。
突然見知らぬ男にタックルをかまされた土方は驚きのあまり詠唱を止め、無様に倒れる。
強かに打ちつけた後頭部を片手で抑えながら圧し掛かる男を睨み上げれば、良かった止まったよーと気の抜けた声が降ってくる。
「止めたんだろうがよ!! 何しやがんだテメェ! あの面倒くせぇ呪文一から唱え直しじゃねェかッ」
「えー良いよ。それは大丈夫だからね」
「つーか重い! 誰なんだよテメェは殺すぞ!!」
「ちょ、おま、人に名前聞くときは自分から名乗りなさいって言われたでしょ? まぁ今回は可愛いから許すけどね、銀さんそう言うところ厳しい人だからこれから気をつけなさい」
「質問に答えろォォォォ!! 意味分かんねェこと言ってんじゃねェェ!!」
怒鳴り散らす土方の顔をまじまじと見下ろす男が、しみじみとわぁ、瞳孔開いてる、そう言うのに額に青筋が浮いた。
殴って退かそうと拳を固めた土方の視界に、あらぬものを認めてじっと見つめる。
「あれ、銀さんて見つめられるくらい良い男?」
「……………………おまえ、耳生えてるぞ」
「耳だけじゃなくて、尻尾も生えてるけど」
ほら、と頬を撫でる柔らかな感触に、あんぐりと口を開いた。
人外の様相を醸し出した男に、土方はついていけずぼんやりと眺める。
白い着流しの下にライダースーツのようなものを着込み、方々散ったおそらく天然パーマは銀色、瞳は紅とちょっと見ぬ風体。
怪訝な表情を隠すこともせず不躾な視線を投げるのに、真上から渋い声が聞こえた。
「おや、アンタがこんなところにいるなんて珍しいねェ」
「久し振りだなババア、相変わらず元気そうでなによりだ」
「知り合い、…?」
壇上にいたはずのお登勢が土方の側に立ち、男の首根っこを掴んで退かしてくれる。
回らぬ頭で起き上がるのに、男は面倒くさそうに耳を掻き癖のある髪を掻き回した。
「何しに来たんだい?」
「あー、ちょっと契約結びたい奴がいてね来ちゃった」
「それが土方ってわけか…。ったくそんなことで講堂壊すんじゃないよ。しかも日が悪いんだよ、お前は」
「だって今日を逃すと出来ないじゃん」
「それにしても無茶なんだよアンタは」
気安く会話を続ける二人に痺れを切らしたのは土方で、隣に立つ銀髪の男を指差してお登勢に誰だと聞けば、あっさりと使い魔だよと返される。
使い魔が何でこの辺ぶらぶらしてんだ、呆れたように思ったことを悟ったのか、お登勢は軽く補足した。
「こいつは自由に行き来出来るんだよ。ったく、居心地が良いとかって森に勝手に住んでるんだ、家賃でも取りたいところさ」
「それと俺と何の関係が…」
「そんなことは知らないよ、コイツに直接聞くんだね」
「えへ、ヨロシクね。多串君」
「土方だァァァ!!」
差し出された手を渾身の力で振り払って、正体不明の使い魔らしい男から距離を取る。
男は警戒心露わな土方を見遣ってふむ、と頷くとおもむろに自己紹介を始めた。
名前は坂田銀時、職業使い魔、標準魔法に古代魔法も使えます、年は秘密と上げ連ねられても、胡散臭さは変わらない。
銀さん結構強いよ、と胸を張られて一層に眉根を寄せれば、はたはたと尻尾を振りながら土方の両手を握ってくる。
「第一印象から決めてました。銀さんのものになってください」
「断る」
「断るのを断るよ」
「じゃあ断るのを断るのを断る」
「ええー銀さんはこと」
「いつまでやれば気が済むんだァァァ!!」
事の成り行きを見守っていた新八が、目の前のボケを流す事も出来ず突っ込んだ。
我に返った土方が銀時へ正式な断りの言葉を口にするのだが認めない。
どころか、お登勢から聞き出したらしいフルネームを呟くとにっこり笑う。
「銀さんあの森で会った君に一目惚れだから」
「テメェと会った覚えなんざねェぞ」
「えー助けてくれたじゃん、忘れたの? 襟巻きにされる前に帰れって」
「――――――!! テメ、あの時の狐!?」
「御名答〜ってことで、土方がマスターだったら良いよ」
「あ、全力でいらねェから。森に、いやむしろ魔界に帰れ」
「でも銀さんかなり実力あるよ。本当なら契約なんかしなくても生きてけるくらいなんだから」
「……………………嘘くせェ」
吐き捨てた土方がそれでもお登勢を見れば、煙草を吹かしながら肯定されるがしかし。
見るからに胡散臭いのと、嫌な予感がしていらねぇと突っぱねた。
「俺は自分で呼び出してェから良い。先生、俺詠唱初めからするから」
お登勢に宣言して、暗に銀時とやらを追い出すように頼むと講堂の隅に移動し、面倒くさい呪文を唱え始める。
二回目ともなると慣れたもので、煌々と光る魔法陣に力を込めて言葉を紡いだ。
銀時は土方と魔法陣の大きさを見比べて、お登勢に耳打ちする。
「ババア、俺決めたから。あいつが良いな」
「全く勝手なヤツだね。わたしゃ知らないよ」
「まぁ、十四郎君には付き合ってもらおうかな。銀さん決めちゃったから仕方ないね」
うん、と一つ頷いた銀時はすたすたと魔法陣の中に入り込み、心底嫌そうな顔をする土方に微笑みかけた。
何をするのかと身構える土方が後ずさって空いた距離、ふわ、と銀時の体が宙に浮いたかと思うと、数メートルほど飛んで尖った顎先を捉える。
「pactum」
教科書通り使い魔召喚の呪文を詠唱していた土方を遮り、銀時が短縮して決定打を呟いて。
ちゅ、と合わせられたくちびるから呼吸を奪われ、息苦しさに喘いで開けば狙ったように侵入する舌。
人と全く同じより、少しだけ高い体温を感じて恐慌に陥った脳内、慌てて押し返そうとしたが強硬な胸に遮られてままならない。
好きなだけ腔内を吸われて、弄られた舌がじん、と痺れた。
足の力が抜ける代わり、合わせたくちびるから熱いものが流れ込んできて、抵抗のために作った拳は解かれて銀時の服に縋りつく。
「ん………………、……ふっ」
ざわざわと騒がしい講堂内の片隅で堂々と行われた契約と言うには衝撃的過ぎる光景に、周囲の生徒たちは釘付けになった。
相手はあの、乱暴者で鬼のように強い問題児土方である、それが大した抵抗もせずに受け入れる行為の淫蕩さ。
ごくり、誰かの喉が鳴ってから、漸くくちづけから解放された土方が膝から崩れ落ちた。
それを片腕で何でもなく支えた銀時は、未だ濡れるくちびるを舌で舐める。
「契約完了、と。起きてよ、マイマスター」
「だ……、れがマスターだ…」
蕩けそうな声で言うのに、騒然となる周囲、土方は隠すことなく舌打ちをすると、真っ赤な顔を手のひらで覆って銀時を見上げた。
「ふざけんな!! こんな契約のやり方なんて知らねェぞ!」
土方の言葉は至極尤もなもので、本来ならば30分に渡る小難しい呪文を延々と唱えて魔界の扉を開き、自分と合った使い魔を呼び出すのが正しいやり方である。
まず、力の足りない魔法使いはこの段階で呼び出すことが出来ないし、例え呼び出すことが出来てもその後に契約を結ばないと効力をなさないのだ。
それが詠唱を遮った上に一方的な契約、本来ならば主となる魔法使いの血液を与える事で完成するはずなのにそれもしていない。
だが、土方の体には今までと違った魔力が満ちているのを感じる。
もしやと思い手の甲を見れば、契約印も刻まれているようだった。
「血液を一滴使い魔に飲ませるのが本来のやり方だろうが!」
「あーそれ正式じゃないから。本当の使い魔契約はね、体液の交換なんだよねぇ」
「はァ!?」
信じられなくて、銀時に抱えられたまま平然とことの成り行きを見守るお登勢に確認の視線を送れば、あっさりと肯定される。
大昔はそうしたもんさ、とさりげなく年齢不肖な発言を聞き咎めて、土方が何か言おうとするより先に銀時がにっこり笑った。
あまり性質の良いとは言えぬ笑みに、土方が顎を引くと。
「そんでもってね、正しくはちゃんと繋がると良いんだってよ?」
「ちゃんと、繋がる……?」
思わず聞き返した土方に、銀時は長めの犬歯をちらり覗かせて土方に微笑む。
抱えた土方をちゃんと立たせて、契約印の刻まれた右手を捉えると恭しく持ち上げて。
目線の高さに持ってくれば、含んだ視線のまま見上げながらキスを落とした。
ぎく、と体を強張らせている土方のみならず、講堂全体にその声は響き渡る。
「ぶっちゃけるとえっちすると完璧だって。昔はそうやって契約結んでたんだよな、ババア」
「まァ、その契約の仕方も人型の上級使い魔のやり方だがね、確かにそれが正式だよ。上級使い魔が減った今では幻となった契約方法さ。でもアンタは上級どころじゃなくて」
「おおー、さすが生きる知識袋。皺の数だけ知識があらぁ」
「っていうか誰がババアだい。私はまだピッチピチの3000歳だよ。皺なんてあってたまるかい」
「つーか充分ババアでシワシワだろうが」
「……………………………」
銀時の発言を理解するのを拒否した頭は、緊急措置として思考を停止させた。
切れ長の目がガラス玉のように光り、呆然とお登勢と銀時を見比べている。
銀時は気付いたのか、銀色の尻尾を揺らして土方の頬を撫でると、くすぐったいと歪めたくちびるにもう一つ、ちゅう、と音を立ててキスを落とした。
「…………………ッ、…」
「ってことで頑張ろうね、十四郎くん」
屈託なく笑う銀時の耳が揺れ、土方は自分のくちびるを漆黒のローブで覆い隠す。
楽しみだなと楽観的にとんでもないことを言う銀時の前、わなわなと震えながら土方は、あらんかぎりの声量でもって叫んだ。
魔力で拡声された怒鳴り声に、耐性のない生徒たちは当てられてばたばたと倒れていく。
怒りの冷めやらぬ土方は物理攻撃の効かぬ銀時を殴りつけ、唯一痛みを覚えるらしい尻尾を踏みつけた。
途端に上がった悲鳴に少しだけ溜飲を下げて、銀色の耳を引っ張る。
「何勝手なことしてくれてんだコルァ、テメェ使い魔のくせに主人呼び捨てにしてんじゃねェ」
「ええ、呼び捨てダメなの? マスター呼びに萌えるタイプ?」
「違ェェェェェ!! ふざけんなテメェなんかゼッテー使い魔にするか、契約破棄してやるゥゥ!!」
「やだもん」
いやいや、と首を振った銀時は白い着流しの中に土方を抱きこんで、ふわり、と舞い上がった。
「ふざけんな――――――ッ!!!!」
離せ、と暴れる体そのままに満月の中に消えていく重なる影。
残された、未だ地面を踏みしめることが出来る強者たちが、興味津々と言った風体で夜空を見上げる。
面白いことになりそうですねィ、良いなー私も飛びたいアルと土方の心労も知らず言うのに、お登勢は煙草を吹かしながら、
「2年S組土方十四郎、使い魔坂田銀時と契約完了」
あー、面倒事片付いた、と呟いた。
校内では至る所でそんな二人をからかうように、ジャック・オ・ランタンが笑っている。
葦原 瑞穂