scarecrow/3.5〜星に願いを



なんか俺、重大なミスを犯したような気がすんだけど。
どうして誰もそれ、不思議に思わねェわけ!?
それともこれが、普通なのか?




ひゅう、と冷たい風に吹かれて竦めた体、クリアになった思考ではた、と思い当たる。
ひょっとしたら、自分はとんでもなく迂闊なことをしてしまったのではないだろうか。
食事を取りに行かせるのは良い、けれど引き留めるような真似をしてしまった。
あのままふっと消えてなくなりそうな姿に感じた違和感をそのままに、放っておけばきっと仮契約も解除できたというのに。
らしくない姿に絆された、その一言だ。

「はぁ、俺ァどうしたいんだよ、ったく」

がしがしと頭を掻いて見上げた先、月はどこまでも冴え冴えと。
脳裏に沈んだ映像はしばらく消えそうもなくて、また何故か覚えておかなければいけないような気がする。
目を閉じて、目蓋の裏に感じる頼りない灯りを追って思考を止めている土方の元へ、甘い匂いが届いた。
片目を開けて、視線を巡らせれば満足げな笑顔で皿を差し出す銀時がいる。

「マスター見てこれ、たくさんあった」
「テメェ余計なもん持ってきたら毛皮に火ィつけて焼くぞ」
「えええ!? ちょっ、罰がきつすぎるでしょ、それェェェ!!」
「うるせェ!! 黙るか死ぬか、死んでくれいっそ」
「二択じゃなくて一択!? 生きます!! 絶対ェ生きるからな、コンチクショー」

宙に浮く銀時は濁った目で見上げ、フォークを突き立てたローストを差し出した。
意図が読めず、眉根を寄せた土方の唇に触れるか触れぬかの所まで持って来て漸く察する。
顔を背ければ諦めずに追いかけてくるローストは食欲をそそる香りで、フォークを奪って食べようとするがしかし。
かわされて代わりに突きつけられた先端を、口を開くことで招き入れた。
流石に定評のある味で、一口食べれば途端に意識する空腹。
腹が鳴った土方に銀時は、唇だけで笑って新しいローストを差し出す。

「自分で食える」
「いいの、ホラ。マスターは御主人さまだから、ご奉仕させてよ」
「その主人が必要ねェって言ってんだが」
「はい、あーん」
「無視かそうか、死ぬか?」
「あ、そだこれ、海老マヨ貰って来たから。口開けて」
「…………………………………」

上機嫌で給仕する銀時は、持って来てから一口も食べていない。
指摘するべきか、知らぬ振りをするべきか。
考えるまでもなく、心底嫌そうに食べないのか聞くのだが、銀時は曖昧に笑うだけだ。

「マスター食べるから良いよ」
「…………………………………」
「あ、ちょっ、すんません。無言で威嚇すんのやめて、尻尾ぎゅってすんのあああァァアア!! 痛いいたいコレイタァァァァ!!」
「人が心配してやりゃすぐコレかドチクショーが! やっぱいらねェ、テメェなんざ放っておけば良かった!!」
「すんまっせん、もう本気で謝るので尻尾とか勘弁して下さい、銀さんほら、どちらかと言えばSだから、こんなプレイはどっちかって言うとマスターにぎゃァァァ!! 嘘です、やりません、でもいつかさせ」
「……………………………。……………」
「ちょっ、も、ホント止めないと」

尻尾を引きちぎる勢いで握りしめる土方の、無防備な首筋に長い指先が這う。
冷たく乾燥した感触に背筋が跳ね、弛んだ手から尻尾がするりと抜けた。
毛並みの良い尻尾が悪戯に頬を撫で、土方の背中に絡む。
尾てい骨から項にかけてをゆっくり辿られて、ひぅ、と喉が鳴った。

「あのねェ、マスター。食べるってね、そっちの意味じゃなくて魔力供給の方だから」
「…………………………………?」
「忘れたの? 今日まだちゃんともらってないんですけどォ。つか、マスターってばやーらしっ、何考えたの?」
「な…………、あん?」
「食べるってさ、アレ、やらしい意味で考えたんでしょ、って」

訝しげに眉根を寄せる土方が、銀時の真意を理解するや否や首まで染めて。
羞恥の余り怒鳴ることもできないでいると、ニヤケた顔が一層に脂下がる。
わざとらしく、背筋を撫でる尻尾が行ったり来たりするものだから、思いきり暴れて距離を取ろうとするがしかし。
銀時は杖の上から土方を下ろして宙に滑り出てしまう。
残された杖と皿が所在なさげに浮かんでいるのを置き去りにして、遥か高い雲の傍まで。
切れ間から注ぐ月の光を背に銀時が、土方の腰に巻きつけた腕の力を強めた。

「月の光よりね、マスターの魔力の方が美味しいの、知ってる?」
「知らねェよ。何血迷ったこと言ってんだ、魔力に味があるかボケが」
「あるよ。マスターだって、月の光より、俺の方が美味しいと思わない?」
「はァ?! てめっ、気色悪いこと言ってんじゃねェよ、見ろこの鳥肌!! いちいち紛らわしい言い方すんじゃねェ」
「わあ白い、美味しそうだね、うん、舐めて良い?」
「良いじゃねェよアホか!! ダメに決まってんだろ、心底キモイぞテメェェ!! って舐めるなァァァ!!」

誰が許可出した、と声を荒げる土方の巻くり上げた腕。
手首の細さと青白い光を受けて、浮きあがるような白に這う舌は赤く。
発達した犬歯を戯れに立てられると、何によるものか走る悪寒のままに拳を振り上げた。
痛みがないことを知りながら殴打して漸く離れたかと思えば、湿らせた唇を土方に寄せてくる。
顎を引き、顔を背けても追ってくる唇はとうとう追い付いて。
音もなく合わせた唇を抉じ開けられ、歯列を舌で辿られるけれど。
開いたら負けだと言う思いからぐっと奥歯を噛み締めた。
ふ、と吐息で笑う気配がして、険しい顔を象る土方を知ってか知らずか、耳の後ろを唆すように撫でる指先に、過敏になった肌が戦慄く。
抗議の声を上げようと開いた瞬間を狙われ、細く尖らせた舌が捻じ込まれた。
上顎をぞろり、と舐められ、弛んだ頤を指先が遊んで、会わせた唇から魔力が流れこんでくる。
熱く粘度の高い液体を飲んだように、喉奥に感じる熱さが魔力へと。
代わりに指先から力が抜け、自分の魔力が銀時に奪われて行くのが分かった。
力無く、全身を預けているのをいいことに、口内を嬲る銀時は角度や手管を変えて思うまま。
息苦しさに喘いだ土方が、銀時の背中を叩いて漸く離れる。

「……………………っは、ァ」
「うーん、やっぱマスターのが一番美味しいね」
「ほざけバカ狐死ね!! 長ェんだよ!」
「死なないもん、見てこれ魔力貰ったからツヤツヤ」
「…………………………………」

ふさふさの尻尾が視界を掠めるけれど、先ほどと今との違いが良く分からない。
渋い顔をしている土方へ、銀時は濁った眼をキラリと輝かせて。
片腕で土方を抱え、片手を空へ擡げた。
人差し指で高く天空を差すと、見ていてと。

「オイ、お前何すんだ」
「良いもの見せてあげる。マスターから魔力貰ったから、プレゼントの。あ、じゃあこれクリスマスプレゼントでお願いします」
「取って付けたように言ってんじゃね……ッ!?」

持ち上げた腕をぐるぐる回すと、呼応するように大気が震えた。
銀時の指先を中心に微風、そして強風へ。
髪が攫われ、目を眇めた土方の頭上、ふわりふわり浮く雲が伸びてそれから。
勢い良く回した腕をピタリと止めれば、強風も形を潜め、ここぞとばかりに凝らした瞳の見つけた先。
不自然に伸びた雲は、台風のように巻き込んで渦を描いている。
星も月も見えなくなった夜空に、銀時の指先が淡く光って。
幾層にも重なって描いた渦の中心、目の部分の直下に浮かぶ銀時の指が、パチン、と鳴った。

「見ててってば」

言い終えるや刹那、厚い雲は消えどこまでも果てしない星と月が一つ。
瞠った瞳、銀時へ視線を転じようとすれば、顎先を固定される。

「マスターお願い事、決めといてね?」
「は?」
「fax caelestis」

耳元で聞こえる呪文は馴染みのないもので、少しだけ落ち着かなくさせるのはこの声のせいじゃないと思いたい。
逸れた意識を見透かされたように、来るよと言われれば、空の彼方、チカリ、瞬く赤い光が。
注視して分かる物体は赤く仄白い尾を引いて流れてくるから、願い事と急かされて。

「この馬鹿が早く死にますように」
「銀さんがものっそ長生きできますように、マスターと早くいやらしいことができ」
「コイツが塵一つ残らず消滅しますように。今、すぐに!!」
「マスターと死ぬときまでずっと一緒にいられますように。マスターが早いところ自分の気持ちに気付いて好きって言っ」
「このアホの空っぽの頭に1mgでもカニみそが詰まりますように」
「…………………………………」
「…………………………」
「…ちょ、マスター酷くねェェェ?! これときめくところなんですけど、ときめきポインツなんですけどォォォォ!!」
「うるせェ、気色悪いって何回いわせりゃ気が済むんだコノヤロー、その頭は髪の毛と同じで見かけ倒しかすっとこどっこい!!」
「古ッ!! マスター表現も何もかも古すぎるから、でもむしろその古風なところがお固くてはァはァします!!」
「気持ち悪ィィイイイイ!! はなっ、離せェェェェ」
「あああ、マスターどうしよ」

眉尻を下げて困った態を作る銀時の口から、良くない言葉が紡がれるような気がする。
嫌な予感に聞きたくないと頭を振るがしかし、銀時は困ったなァと表面だけ象った表情。

「さっきの魔法でまた魔力無くなっちゃった、ちゅー…じゃなかった補給して良い?」
「良いわけあるかアホかテメェ!! 魔力枯渇して死ね!! プレゼントなんざいらねェから目の前から消えろコラ」
「あああ、マスター魔力が足んなくてふらふらする」

故意にふらふらと飛んで様子を窺う銀時の髪を毟って喧々囂々と。
物ともせずにまた、唇を寄せてくるから思い切り身を捩るけれども。
懲りない銀時に押し切られるまま、土方は通り過ぎた流れ星に祈った。



やっぱりコイツを早く何とかしてくれ――――――!!















−おわり−

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「fax caelestis」…流星

葦原 瑞穂